涼しげ

梅雨時期の天気予報、前の晩のすら、当てにならないのが多い。


一日曇りとの予報だったが、今朝の天気予報を見てみると、午前中は雨になってる。


ベランダに出て、柵に垂れ下がる一列のしずくが目に入った。


梅雨らしく静かな雨で、窓を開けても、音は聞こえなかった。



ふみは喜ぶ。横殴りの雨だと、ボタンがたくさんで、むしむししてくるレインコートを着なくてはならないが、今日みたいなのなら、傘さしてるだけでいいんだ。


「長靴はいいよ、僕サンダルで行く」と勝手にサンダルを履いて出て行ったふみ。

「ママ見て、僕もう片手で傘を指してるよ」、ふみの傘は高く低く、わたしの視野に出没する。





まる一週間お休みして、月曜日からお仕事を始めた。

痛みというか、しびれがまだ残ってますが、人に迷惑をかけず、やるべき範囲のことができました。
聞かれれぱ、明るく今回のことを語りもしました。

だいぶ自信が付きました。

体調のことではなく、わたしの存在が。
わたしの存在は、多かれ少なかれ必要とされてるんだと。



おかしいかもしれませんが、一回倒れると、いろいろと他人には理解し難い心境の変化があるのは、どうしようもないのが事実なんだ。



外ではほぼ完全復帰のわたしだが、うちでは、食事も皿洗いも、ほとんど主人が。


ゆっくりと掃除機をかけたり、洗濯物干したり畳んだりもしましたけど、やっぱり横になることが多い。


ふみと歩いてると、
「ママ、なんかぁー、歩いてるの遅いね」と、しょっちゅう言われる。


痛いから、これでも頑張ってるんだとの、切なくて悲しい気持ちが、徐々に心に充満して。


この子、こんなわたしが、イヤなんでしょうか。
足をひきづってもないし、姿勢も変なのでもないが、でもやはり変にゆっくりなんでしょうか。


昔、リュウマチで杖を使わざるを得ない知人の女性がわたしに話したことがあります。
小学生の息子はいつも、授業参観などを行かないように、いろんな理由を付けてお母さんを止めるんだそうです。

「気持ちわからないでもないよ、こんな姿のお母さんって、恥ずかしいでしょうね。お友達に笑われるイヤでしょうね」
と語る知人の顔と言葉を、忘れられなくて。



ふみは、もっと元気で、はつらつで、一緒に動いて走って、そういうお母さんのところに生まればよかったんじゃないかって、胸が痛む。


ふみの大好きな大根餃子を、ずっと座って、皮から手作りするのは、もう自信がないから。
もうふみの何の役にも立てなくなってるんですね、わたしは。



忙しくあわただしい昼間が過ぎ、夜になって、一段落して、シャワーを浴び、ぐったりとソファーに座るたびに、

その切ない気持ちは、果てることなく、心を少しずつ浸食して行く。


パパに絵本を読んでもらって、楽しそうに話したりしてるふみは、
パジャマ姿で寝室から出てきて、「トイレ」との簡単な一言で、わたしの前をよぎる。



「ふみ、おもちゃを片付けて」わたしはソファーに寝転がってるセイジャーやレンジャーたちを指差す。
ふみ、表情も言葉もなく。

「ふみ、聞こえない?片付けないなら捨てるね」わたしは声を荒くすることもなく、平静を保った。


それを聞いてふみは振り向いて、無言のままわたしに向かって、
嫌そうな顔して、眉を軽く顰める。



それを見て、もう保った平静が、一気に崩れ、「なに、そのかお」


パパが調停に入って。



哀れだわ、わたし。
哀れな母親。


我が子にイヤな顔をされるのも、
こんなに自分を抑えきれないのも、
哀れだわ。



ふみ一人ベッドに戻った。

テレビを消して、わたしはどうしたらいい?
このままだと明日もきっと同じことの繰り返し。
そしてどんどんお互い嫌いになるのに違いない。



「ふみ」寝室に入ってふみに声をかける。
「なに」

「ママどうしたらいい?もうわからなくなったよ」

「…そんなこと子供に聞いてもわからないよ」

「そう?…」(なにその口調は!でも怒らないで、怒ってなにも始まらないわ、素直になろう)、
「じゃ、ふみはママにどうしてほしいの?できるかどうか別にして、言ってみて、なにをしてほしいの?」

「…、普通でいいよ、今のままでいいよ」


急に目頭が熱くなった。

「ふみ、もっとこうしてほしい、こうなってほしいのがあるでしょう、言ってみて、ママ、頑張るから」

「何もしなくていいよ、普通でいいから」


「他のママのところに行ったら、ふみはもっと楽しいかなって」


「このママがいい」ふみはわたしの膝を軽く叩く。


「大根餃子も作れないし、歩くのも遅いし…」


「何もしないでいいよ、いればいいよ、…、いるだけでいいよ。僕がおもちゃで遊んで、ママは今までみたいに、見てるだけでいいよ」

「それだけでいいの?本当?」自分の声が震えてるのがわかる。



「ママは何もしなくて、いるだけでいいよ、僕遊んでるの見てるだけ」


涙が止まらなくなった。顔を両手に埋める




ふみを保育園に入れて、デパートへ出かける。


お世話をおかけしたR先生に、どうしても感謝の気持ちを伝えたくて、ワインを贈ろうと。


伊勢丹の地下のワインコーナーで、男性の店員さんが、アルコールの知識がゼロのわたしに、とてもご丁寧にたくさんのワイン知識を語ってくれました。


炭酸入りのイタリアのわりと高級ワインを購入。


デパート出て、隣にある無印良品に行って、
ふみが「もっとラクなパジャマがほしい」と言うので、オーガニックの二着を買った。


パパのカバンが古くなって(というか本など重いもの詰めすぎ)で破れて、

帆布の、丈夫そうなのを買った。


荷物がいっぱいになり、霧雨の中うちに戻った。



またすぐ出かけて、予約してるネイルサロンへ、

久しぶりに指先を着替えさせる。

あまりしたことのない色だけど、むしむしする今は、一服の清涼剤。


塾の先生と会って、
先生は傘も差さずにわたしに声をかけてくれて、
わたしも慌てて傘を閉じる。

「お母さん、あのね、とってもいい子なのよ〜、最初はどうしようかと思ったけどね、フフフ」

「これからもよろしくお願いいたします」深々と頭を下げて、それから先生の後姿を見て、急いで傘を差すわたし。


うちに戻って、ベッドに体を平らにして、そのまま眠ってしまいそう、なんとか手を動かして、携帯のアラームをセット。


アラーム鳴って目覚めて、
20分ばかり眠った。


さあー、また出かけよう。柔道へ。


柔道は、子供たちはだんだん真面目に柔道の練習というより、軽くトレーニングして、あとはほとんどふざけて遊んでる。


ふみも同じく、以前はもっと真面目にやってたのにね。



柔道が終わって、無印良品から買ってきた昔懐かしいお菓子を出したら、あっという間に子供たちに奪われて、そしてあっちこっちから「おいしい」「まじうまい」との声が。



食べて見たかったわ、けど一個も残ってないや。



道場から出てきて、さらに隣の公園で遊ぶ。




あ〜、疲れた疲れた、忙しく、充実な一日でした。


ふみと帰り道で見る夕空。

明日、晴れるかな。夕焼けが綺麗ですから。