百倍
日曜の朝、ふみは7:30からのレンジャーだかカイジャーだかライダーのドラマを観る。そして、それからは決まって「ホォー、ハァー」と暴れまくる。
昼頃、ぼつぼつの雨も上がったと見て、ふみと出かける。
ふみの傘はちょっと小さくなって、一ヶ所折れそうなところも。
外に出ると、身震いするほどの寒さだが、雨の後の新鮮な空気に、思わず深呼吸。
「ふみ、歩いて行こう」
「どこまで?」
「新宿よ、傘を買いに」
「え〜〜、寒いよ」
「いっぱい着てるじゃない」
ふみも、わたしも長いダウンコートを。
道端に、水仙が咲いて。やっぱり歩くのいいね。
デパートに入ると、冬になるといつも困ることだけど、急激に暑くなる。
脱いだコートも持って、バッグ、荷物…、本当にたいへん。
節電ムードはどうなってたのかしら。毎日電気使用量をテレビで予報するぐらいのこの頃、どういうことでしょうね。暖房は冷房よりずっとかかるはずなのに。今、急にどこかから電気が大量発生してるとか?
デパートでは、もう春先の服が主になって、さっそくふみに3枚を買って。無いもの、みんな小さくなっちゃって。
寒さ、暑さ、徒歩、買物、で、疲れた。
帰りは地下鉄に乗って、出て来たところのパン屋さんの喫茶スペースで、ふみの3時のおやつを。
さっきの洋服屋さんからもらった風船も同席。
パンとホットココアを頂くふみは、急に「Dって、すごい名前だね。だって、Dだよ」と、しみじみと。
Dちゃんのことだ。
「そう?確かにそんなありふれてる苗字じゃないね」
「うん。やっぱりすごいね」
「Dちゃんのこと、そんなに好きなんだ」
「うん。大好き」
そうか。メガネの立花隆が頭によぎる。
「Dちゃん、かわいい?う…ん、顔とか」
「顔?かわいいよー」
「Sちゃんとは、どっちがかわいい?」
「そりゃDちゃんに決まってるよ、Sちゃんより百倍かわいいね」ふみは嬉しそうにいう。
ひゃ、ひゃくばい、ですか。
「でもね、ぼくもし進級できたら、もうDちゃんと別のところで水泳やるからな〜」ふみはちょっと寂しそうに。
そうか、11級になれば、まだ15級のDちゃんとは完全に別コースになる。12級までは一緒だけど。
「本当だね、それは残念だね」
Sちゃんより百倍もかわいいDちゃんと離れ離れになるのか。
「Dちゃんって、歯が4本抜けてるね」
「3本だよ。上2本で下が1本」
それは失敬。
「すごいな、ぼくまだ上の歯が抜けてない」
歯まですごいんだ…。