卒園式

夕べ、自分のスーツとパンプス、ふみのスーツと皮の靴を用意して、

謝恩会会費、おつり要らないぴったりのお金を封筒に入れて、それと、ガーゼの柔らかいハンカチも、念のためにバッグに。


涙もろくなって、どうしようもないわ(もともと?)


今朝、お天気もよく、春の陽気すら感じさせられる日差しの中、薄手のコートを羽織り、ふみと出掛ける。

ネクタイのふみ、凛々しく、本人は「なんで半ズボンなの?」と気になる様子。

保育園に入ったら、先生方みんな正装姿、普段Tシャツやエプロンばかりの格好に見慣れてるから、また全然雰囲気が違うのが新鮮。

F先生がコサージュを、子どもたちに付けてくれた。このコサージュは、先生たちの手作りのもの。


控え室に、すでに何人かの保護者がきてた。

みんな静かに、お互い特にかかわりもなく。
最後まで、この組の保護者らしさを保ち続けてる。


子どもたちの折り紙のカレンダー。

季節毎に折り紙をして、当番の子がその日のお天気を絵で記入することに。

子供たちの集合写真のあと、式開始。

区の方、ふみが進学する小学校の校長先生、今は区役所に転勤した、かつてふみたちの担当の先生も駆けつけて下さって。


昨日、F先生に注意されて、わたしの視線は、ずっとふみを追ってる。

卒園生一人一人、先生の生ピアノの伴奏の中で入場して、一列にすわった。


ふみ、他のお友だちと同じく、照れてるような、緊張してるような、おとなしかった。


卒園生全員起立して、歌を歌った。
「誰かを好きになると、心が暖かくなる、…、心が柔らかくなる、好き好き、大好き…おひさまになりたい」


スーツと、ワンピース姿の子供たち、一生懸命歌った。

それから園長先生により、一人一人の卒園証書の授与式。


園長先生は、一人一人前へ出て来た子どもをまっすぐ見て、お言葉をかけてから、卒園証書を授与する。

「××さんは、お母さんが大好きですね、朝の玄関で、いつもお母さんとお別れするのが、つらくて泣いてましたね。年長さんになって、笑顔でお母さんにいってらっしゃいと言えるようになりましたね。それに、いつもお母さんのこと心配してましたね。これからも大好きなお母さんを大事にしてください」


「××さんは、ダンスがとっても上手ですね。いつも精一杯笑い、精一杯泣き、
嫌なことは嫌と言えて、好きなことは好きと言える子どもでしたね」


「××さん、あなたはほんとうに面倒看のいいお子さんでした。小さい子の世話など、一生懸命してましたね。これからも、みんなに好かれる人間になって下さい」

子どもは、目をキラキラさせて、園長先生のことを仰ぎ見て、真剣に聞いてた。


会場は静かで、ピアノの生伴奏だけ軽く聞こえ、わが子の評価を聞いてる保護者は、頷いてる人もいれば、目頭を押さえる人もいた。

ふみ、呼ばれた。

「はい」と、中途半端の声でふみは答えて、椅子から立って前へ歩いて来た。

園長先生の前に立つふみは、一礼をしてから、なぜか目は下を向いたまま。なにか予感したのかしら。

「××さん。平成×年×月×日生まれ。××さん、あなたは、ほんとうに元気で明るくて」
(そうそう、そうなのよ、この子は元気が取り柄なもんで)

「そしてあなたは、ほんとうによくお友達と喧嘩するお子さんでした」

はっ?

ふみは表情変えず目は下を向いたまま。

「毎日のように事務室まで呼ばれて、先生にお話しされるか、ケガの処置か」

あったったった、

「でも、年長さんになってから、××さんはお友達との喧嘩、うんっと減りました。年中さんともよく遊んであげるし、小さい子のお部屋にお手伝いにも行ったりしてくれました。困ったお友達がいれば、誰より早く先生に教えにきて、本当に優しいお心を持つ子でした。これからは、ずっと元気で、逞しくて、優しくて、強い人間になってください」

「ありがとうございます」、ふみ、やはり微妙な音量でお礼を言って、卒園証書を持ち広げて、会場に見せ、席に戻った。


大きい仕事がこれで終わったと思ったのでしょうか、ふみは退屈そうになってきた。

いろんな人のお祝いの言葉を頂きながら、ふみはアクビをしたり、背伸びをしたり、足の屈伸運動をやったり。


次の祝い品・記念品の贈呈には、さらにウルトラマンのポーズをしたり。はらはらする母親を気持ちなんぞ、もちろん配慮する気、微塵もないや。


3歳児4歳児から、歌のプレゼント、一緒に植えたチューリップのプレゼント。

卒園児一人一人、ふみは、自分の番じゃないと、もうつまらなさそ〜うな顔して、隣りの子とお喋り。

席に戻る子が目の前に通るたびに、手を伸ばして、その子の腕を触って、そして匂いをかいで、「あ、××君の匂いだ」と笑う。


たまにわたしの視線とぶつかり、慌ててふみの視線を捕まえ、シーというポーズを見せる。
するとふみは、やっといくらかおとなしくなって。


あ〜〜、なんでみんなじーっと座ってるのに、ふみが…。


ハラハラドキドキしてばかりで、気付いたら、周りのお母さんは、目頭を押さえたり、軽く啜り泣きしてたり、
あれ?そうだよ、感動して、感無量なのよ、わたしもそのはずだが、まったくそんなところではなかった。

晴れ舞台に座ってるふみを眺めて、遠いような、近いような、この子は、誰だろうと思ったり、これが愛おしいふみちゃんだよとも気付いたり。


みんなこの一年の毎月の出来事の思い出を一人ずつ立って、一言発表。

運動会、芋掘り大会、ハムスターのお世話、大きくなった会…


ふみが立って、さらに微妙な声で何かをしゃべった。

まったく聞き取れなかったのは、わたしだけでしょうか。


次、一人一人立ちあがって、将来の夢を発表する。そこで親は一言かけてあげることに。


えぇー、全然聞いてないわ。ふみはいつもこう、なにも言わないもの、運動会とか。

けど、他の親子の応対、いかにも練習したかのように。


「将来は、お洋服のデザイナーになりたいです。いっぱいかわいいお洋服を作りたいです」
「パパママも服も作って下さいね、頑張ってください。」




「大きくなったら、レスキュー隊員になりたいです」
「たくさん人を救ってあげてください。応援しています」


えぇーー、ちょっとちょっと、なにも聞いてないよ。うちで、この輝いてる時間をぶっ壊したらどうしましょう。


「パン屋さんになりたいです。世界にどこでも売ってないパンを作りたいです」とK君が。
「そうですね、Kは本当にパンが大好きだもんね、頑張っておいしいパンを作ってください」とK君のママは微笑みながら。

ひゃ〜。すてき。


ふみが立った。わたしも立った。
「警察になりたいです。たくさんドロボーを退治したいです」


「…。初めて聞きました。ふみの夢は毎日変わってますから。好きなように、好きな道を歩んで下さい」とわたしは言ったら、会場一気に笑い声が響いた。


ふみの次の男の子、ガヤガヤの笑い声で混乱したのか、
なんと、「大きくなったら、警察になりたいです。たくさんドロボーを退治したいです」
「が、頑張ってください」


さらに次の子も、「警察になりたいです、ドロボーを退治したいです」
さすがそのお母さんは笑って、「なんだか警察が流行ってるようで、ま、頑張ってください」


次は、小さい子たちと一緒に「やくそく」との歌を合唱。

最後は先生たちの歌「こころのねっこ」

いつのまにか、おおきくなった
いつのまにか、なかなくなった

いつのまにか、じょうぶになった
いっぱいの おもいでになった

これからのであい これからのなかま
ここですごした まいにちが
みんなの こころのねっこになれ

お母さんたち、みんな泣いた。

わたしの涙、どこに飛んでいたのでしょう。
ふみ、鼻をほじくっているもの、みっともないわ。ハナクソを、お口に入れたりしないでしょうね。

母親一人一人前へ行って、わが子の手を繋いで退場。カメラマンは目の前で写真をパチパチと撮る。


園をあとにする。廊下に、先生たち、小さい子たち、みんな両側になって、花びらのような色紙をまいてくれて、その花びらが舞うトンネルで、ふみと手を繋いで、通った。


卒園式、終わった。



そのまま、全員徒歩ですぐの中華料理店へ。そこの三階を借り切って謝恩会を。

謝恩会の一番盛り上がった場面は、事前に親から募集した我が子の小さい時の写真を、プロジェクターで一枚一枚投影して、これは誰だと、当てるゲーム。


赤ちゃんって、みな同じ顔をしていて、分かりにくいものだった。

ふみのは、初めてうつぶせになった時のだが、映された途端、ほぼ全員「ふみ君!」と言って、笑った。


司会の、M君の歌手のママは「なんと言ってもこの眉毛、もう間違いないですね」と。


F先生の小さい時の写真もいっぱいあった。


一ヶ月の、4歳の、七五三の、卒園時の。


F先生、恥ずかしそうに笑ってた。

N先生のは白黒ばかりで「ごめん、まだカラー写真がない時代だったから」


最後のは色がついて「これはカラーの時代に突入した一枚ですね」とM君のママが。

F先生のご挨拶。


F先生、式の時、まったく泣かなかったようだ。

ずっと緊張の面持ちで、泣く余裕はなかった。


マイクを持ってるF先生は、笑顔だが、話しの途中、何回も何回も声を詰まらせて、


「あ、F先生、泣いてるよ」
「また泣いた泣いた」

子供たちは騒ぐ。




「あの、先生は、先生は、嬉しい涙だから、あの…」F先生、泣きだした。


F先生の姿を眺めて、心痛く思った。


一生懸命で真面目な先生、本当に。


F先生、着席して、辛うじて落ち着いた。


「F先生、怒ってばかりで、僕、嫌だよね」と、ふみは冷やかな一言。


!!!
なにをいうのよ、この場面で。

わたし、倒れそう。

同じテーブルのYちゃんが「F先生よく怒るよね」と。Yちゃんのママ焦る。


F先生は、意地悪の先生なら、わたしは焦らなかった。
いい人で、ただ、ただ、一生懸命すぎるというか。

「F先生はね」ふみ再び口を開く、
もう、やめて〜、
「F先生はね、怒るのがね、趣味なの」

卒倒したら、かえてラクかなと、本気に思った。

F先生の顔を見る勇気、なかった。


子供たち、F先生とN先生に、一本ずつお花を渡す。
いろんな色の、かわいいリボンで包装されたお花は、わたしが手配したもので。

みんなの、先生に宛てたメッセージが書いてあるアルバムの贈呈。

謝恩会も、終わった。

これでふみの保育園生活、残りあと半月ばかりなんだ。