入って来ない

あっという間、葉桜になって、あっという間、早足で歩くと暑くさえ感じて、電車やカフェの中は、もう軽く冷房をかけてる。

あっという間、ふみの小学生生活、まる一週間過ぎてしまって。


今朝、用意された靴下を見て、ふみは「女の子のみたい」と言って、勝手にタンスの引き出しから、別の靴下を取り出して、履いた。


ふふ〜ん、今まで、こんなことはなかったのにね。靴下なんて、用意したのをなんでも履いてたけど。


ふみは、朝の通学路で、たちまち後ろ姿が確認できないぐらい、お友達と走って行ってしまって、なんのために見送りに来てるのかと思いながら、曲がり角までついて行くわたし。


ふみの小学校生活のスタート、順調だわ。

夜は以前より一時間ほど早く眠って、朝も以前より一時間早く起きまして、しかも気持ちよく。


ありがたい。


学校も学童も馴染んで、しかも楽しそう。


ありがたい。


わたしも緊張が少しほどけたのか、疲れがじわじわと湧いてきて、夜は早いうちに、もうウトウトに。


ダンススクールの先生から葉書が来てる。またいらして下さい、と。


ダンスね、震災以来行ってないわ。ワルツ、まだ踊れるのかしら。

また行きたいな〜、もう少し落ち着いてから。



歩いていると、本当にいろんな花が見かけるようになって。


塾にお迎えに行って、「なんで電話もしないのに来たの」とふみは苦笑いを見せる。

そうなの、カフェに座って、待てどくらせど電話が来ないから、ぶらぶらと買い物をしたりして、塾まできて。


ふみは、ちょうど窓際に、先生に英語を見てもらってた。
開いてる窓を越して、ふみの声がはっきりと聞こえる。
「終わった?もう僕は何枚をやったかわからなくなったよ」
「はははは、よく頑張りました」と男の先生が。


それで外に出てわたしに電話をかけようとしたのだ。

「電話したかったのにぃ〜」

「わかった。いいよ、電話して」

「じゃ、ママ待っててね」ふみは走って行った。

電話、鳴って「もしもし」

「ママ?ふみ」

「今どこ?」

「へへ、バイバイ」電話切られて、「ママ、ここだよ」、すぐ近くの止まってる車の後ろだった。


「ふみ、英語やったでしょう。オレンジとか、ピッツァーとか」
「そうかな」
「そうよ」
「うん」
「ふみ、話し聞いてる?」
「あ、なに?」
「ふみ、話し聞いてる?」
「ぼくの頭はね、入って来るものと、入って来ないものがあるから。」
「例えば?入って来ることは、なに?」
「楽しいこと、面白いこと」
「入って来ないことは?」
「楽しくないこと、イジワルなこと。聞いてもね、ぼくはね、頭に入ってないから」

「はっはっは。素晴らしい、それは素晴らしい。なかなかできないのよ。」



花びらが、ゆらゆらと舞い散って、手を開いて、「見て!ふみ、うまく受け取った!」
「え!ぼくもやりたい。ママずるい、ぼくもやりたい」
ふみは両手を広げて、桜の木を仰ぎ見る。花びらが落ちて来ないの見て、ふみはジャンプしながら、フーフーと桜を向けて息を吹く。


ふみ、かわいいよ。