湿疹

昨日の夕方に、あるかつてたいへんお世話になったお方のお見舞いで、
なぜかくたびれてしまって。

病院の匂い、病床の風景、空気の動きすら感じない蒸し暑さ、苦しそうな人々。

もう、いいな〜、病院は。心からそう思った。
自分自身の入院は三回、お見舞いは、数えきれないわ。

わたし、もうこんなに病院が嫌いだなって、自分もびっくりするほど。
もう歳かな。少し前なら、入院は、わりと平気だったのに。

その、すっかりご無沙汰してたお方は、面影はあるが、痩せ細った。
もう命は今年いっぱい持つかどうかという。


人生を走馬燈のように頭に浮かべて、なにが一番残るのでしょうか。


病床の棚には、お花がなかった。
駅の出口が違って、お花屋さんがなかった。せっかく折りたたみ式の花瓶を持って行ったのに、ちょっと残念。けど、わたしはもう一回お見舞いに行くエネルギー、あるのかしら。でも、やっぱりもう一回行きたい。お花を飾りたいから。


気分がくたくたになって帰って来て、塾のふみの連絡を待ちながら、駅近くのカフェーでコーヒーを。


6時半過ぎ、やっと携帯が鳴って、「ママ、終わったよ、来て」とのふみの声が。


塾に向かう途中のハナミズキに惹かれて、立ち止まって見ていると、
「こんにちは」との声に振り向いたら、A君だ。
イタリア人の三兄弟の次男のこのAくん、ほんとうに愛想よく、いつも話しかけて来る。小学校高学年の男の子にしては珍しい。
「Aくん、髪切ったね、かっこいい〜」
「あっ、ありがとう」

ボサボサ頭だったのが、スキンヘッド近いヘアースタイルになって、それがよく似合うA君は、自転車で去った。


塾のドアを開けて、教室の後ろでブロックで遊んでるふみの肩をたたいて、振り向いたふみの頬は、赤い。


へぇー、なんで?暑いから?けど、そんな感じではなく、火照ってるような、深い赤、腫れてるにも見える、左右対称で両頬に。


湿疹だわ。一週間ほど前、ちょくちょく発疹して、引くと思ったら、さらにひどくなった。これは病院に連れて行かないとね。


一緒に教室から出て来たAちゃんが、にこにこと傍で、わたしとふみを見る。

Aちゃんは同じ塾の、同じ小学校の、ふみより一年上の穏やかな女の子。


「ね、ふみ君のママって、怒らないでしょう?」Aちゃんは、にこにこと言う。「絶対怒らないよね、そうでしょう?」

「そう?そう見える?う…ん、怒るよ、それなりに。子供はね、怒られないと大きくならないよ」

Aちゃんは笑う。「ふみ君、今はK先生でしょう?あたし去年がK先生で、K先生は一年生ばかり看るの」

「そう〜、K先生って、やさしい?」
「ううん、怖いよ」
「怖い?!」
「そう、怖いよ。怒るもん」
「えぇ〜、K先生って、怒るんだ」
「怒る怒る。保健室に連れて入れるもん。行きたくないといっても、引っ張って連れて行くの、ちょっと来いって」
「Aちゃんも?Aちゃんはないでしょう」
「あるよ」Aちゃんは隣りのふみを見て「ふみくんなら、もう何回か怒られてるでしょう」


(^◇^)


Aちゃんは続けて言う「でも、K先生って、いい先生よ。厳しいけど、いい先生」

まー、さすが女の子、こんなしっかりした口調、しっかりした内容とまとめ方できるなんで、ふみはあと3年ならできるかどうか。


「ふみ」帰り道にふみに問う「ふみは怒られたことがある?」
「うん。あるよ」
「なんで?」
「…、忘れた」

ふみが悪いことをしたんだ。忘れたなんて、言いたくないからでしょう。


パパに話したら、低学年のうちに、怒るべきことを怒らないと、学級崩壊に繋がるから、ベテランの先生だそうで、それでよかったじゃやないの?、と。


確かに。少なくとも、ふみは、時々怒ってやらないと、ダメでしょう。


ふみの湿疹は、顔だけじゃなかった。体、腕、腿も。


夜、Hちゃんのママにメールをして、明日朝は、連れて病院に行ってから登校しようと思って。

するとHちゃんのママからすぐ返事が来て、連絡袋、明日Hちゃんが持って行くから、いつもの時間いつもの場所で待ってる、と。


保育園時代の親たち、やはり心強いわ。感謝感謝。


連絡帳に、ふみの症状を簡単に書いて、
「うつるものならいけませんから、診てもらってから登校します」と。それとふみの宿題を連絡袋に入れ、今朝8時前に大通りの横断のところで、Hちゃんのランドセルに入れた。


9時前に、小雨が降ったりやんだりの中、近所の病院に行った。
受付に、こんな場合は、小児科がいいか皮膚科かと尋ねると、湿疹だけ、他の症状ないのなら、皮膚科がいいのでは、との回答だった。


9時半からの診療なので、まだ人あまりいなく、ふみは一刻も休まずに、はしゃぐ。

この子の落ち着く時、来るのだろうか。



今日の当番医者は、わたしもお世話になったりするN先生だった。

ふみの湿疹を見て、「何かのウイルスだね。リンゴ病に似て…」

リンゴ病ですか?!ちょうどこの子卒園の頃、保育園でリンゴ病が流行ってました、まさか」

「でもね、リンゴ病って、腕と足だけだけどね。これは背中や胸もあるでしょう。ま、どっちみち、もうこんな発疹するのなら、ウイルスはもう弱くなってるから、人にうつる力はもうない、もう終わり頃だから、あと2、3日かな、自然に治るよ。だから飲む薬も要らない、軟膏だけ出してあげるね、痒かったら塗ってあげてください」


潜伏期間、長かったかな、ふみは体力があるから、そんなに高熱出さなくても済んだってことかしら。

とにかく、これが終焉で、自然に治るし、人にも、うつらないことは、なによりだ。


雨が一時上がって、処方箋を薬局に預け、「夕方、取りに来ます」と頼んで、ランドセルを背負うふみを連れて、急いで学校へ向かう。


たまたま工事で、学校の南門が開いていて、ラッキー。近道。
芝生の上で、2年生たちが何かやってる、生活か科学の授業かしら。

「あ、ふみ君のママ」背の高いR君だ。「どうしたの?病院?」
「よくわかったね」
「熱?」
「湿疹」
「湿疹か」


もう一人男の子が「なになに、しっしんって」と。


二階への階段を上がったら、教員室からちょうど校長先生が出て来て、わたしをみたら、「おっ!、おはよう、どうした?病院?」
「はい、ちょっと湿疹が」
「たいへんね。ご苦労さん」

校長先生は、いつものように気さくである。しかも、もう子供や親の顔、名前を覚えていて、本当に感心する。ちなみに、ふみのことを、「ふみ」と呼んでるだそうだ。


教員室の扉のガラスから、副校長先生が見えて、K先生はいない。授業中かな、でもふみの湿疹のことを教えないと。


「ママ、こっち、いたよ。おはようございます」
いたよって、あ、本当だ。
教室に、K先生一人いた。生徒たちは、図工の授業でみんな三階の図工教室に。

「おはようございます。お母さん、どうでしたか?連絡帳、ありがとうございます」K先生は態度よく、姿勢よく。

ふみの湿疹についてのお医者さんの説明をご報告する。


「それはよかったです。安心しましたね。ま、疲れもあるのかもしれませんね」

K先生と何十秒の話しの間、ふみは何回も邪魔しに来た。
はっはっは、こりゃふみ、なにか心当たりあるんだな、先生からの告げ口が怖くて、だから一々「先生それなに」「ママこれ持って帰って」と意味なく入って来る。

心の中で笑ってしまうわたし。


学校をあとにして、早足に仕事へ。


雨降ったりやんだりとの一日だった。明日は27℃とか。



ベランダのアジサイ、微かに青色に。