まるで宝石
肌寒い雨だとの予報だが、今日になって、曇り時々晴れ、むしむしして、あわや長袖を用意しそうになってたわ。
やっぱり梅雨時季のお天気、当日じゃないとね。
ベランダに行ってたら、ふみもやってきた。
「あ、赤くなってる、採っていい?」
ふみは手早くミニトマトを採って、「ヒヨドリに食べられる前に採ってよかった」と嬉しそう。
うれしいかぎり。
いいな〜、植物って、あきないな〜
学校公開日についてのアンケートの提出、朝、ふみに「連絡袋にあるから、先生に渡してね」と言って、夕方、まんまに戻ってきた。
ふみは、提出するの忘れた。
これは、何回目でしょうか。
ほんとうに頭にきた。
先週土曜の公開日に、わたしはPTAの委員会に出ながら、合間を見て、教室に授業参観に。
国語は少しだけ、算数は半分、体育少し、生活と道徳は全部。
大ベテランのK先生は、どんな子の、どんな発言でも、全部受け止めてあげて、認めてあげることによって、教室に活気が溢れていた。
子供たち「ハイ、ハイ」と手を挙げて、積極的に質問に答えるのに、びっくり。
K先生の授業は、テンポがよく、子供たちはボーッとしたりする暇がなく、授業に集中しているのが伝わってきて。
授業中、K先生がホワイトボードで字を、ゆっくりと、最後まで丁寧にお書きになることが、とても印象的だった。それが、子供たちにとって、字の書き順や、字の形の勉強になっていること、と思う。
K先生が、子供たちには、さん付けで苗字で呼んで、終始きれいな敬語でしゃべってらした。
K先生の授業を見入るわたしは、ふと、自分の小学校の時に、こういう先生がいらっしゃったら、少し学校が好きになったのでは、と思った。
K先生は、授業にだけではなく、一挙手一投足、全て子供を意識して、子供たちの見本のように、ご自分にほんとうに厳格さを要求していることがわかる。
給食中、K先生は姿勢よく、食べ方がきれい。
食事が終わって、子供たちを指導しながら、率先して雑巾で床を拭いてた。
休み時間は、校庭で、遊具に登って、遊具で遊ぶ子供たちを監護しながら、ボール遊びなどしている子供たちを、目で見回っている。
ほんとうに小学校の先生という職業が大好きで仕方がないから、K先生は小学校の先生になったんでしょうね。そうに違いない。
その日の給食は、カレーとサラダ、瓶の牛乳だった。
ふみはサラダを食べる時、いかにもイヤな顔をして、キュウリが入ってたから。
それを見逃さないK先生は、ふみのところに行って、小さい声で、一生懸命作ったのですから、失礼にならないようにと指導。
するとふみは、左手で鼻をつまんで、サラダを急いで口に突っ込んだ。
わたしを唖然とさせたのは、授業中のふみだった。
「ハイ、ハイ」と手を高く挙げる子供たちの中、ふみは、だるそうに、つまらなさそうに、だらーっと座ってる。
ふみは、一回も手を挙げたことがなかった。
道徳の授業、リスとアヒルや亀たちの話しをやった。
亀やアヒルたち、泳げないリスを岸に置いて、川を泳いで渡って、対岸の遊園地に遊びに行った。
リスになり切って、どんな気持ちなのか、
アヒルたちは?
と先生は質問をする。
リスのことを、子供たちは、「かなしい」「さびしい」と答え、
アヒルたちのことを、「ちょっと言い過ぎた」「リスさんがかわいそうだ」と、子供たちは答える。
ふみは、だるそうに、終始時間が過ぎるのを耐えてるだけの様子だった。
他のお母さんたちと後ろに立ってるわたしは、よい姿勢を保ち、微笑む表情を保ち、内心は、つらかった。
わたし、なんのために朝から、教室で立ちっぱなし、またPTA室に戻って、ヘラヘラ、また「すみません」と教室に行き…。なんのためでしょうか。
あきれて、悲しくなって、お腹がすいて、くたびれた。
その日、うちに戻って、できるだけ平淡の口調で、ふみに、どうして一回も先生の質問が答えようとしないのかと問う。
「わからないから」とふみ。
そうかな、ふみはいろんな本を読んで、本の理解は、パパがいつも感心しているほどのものだった。
リスさんアヒルさんの気持ち、わからない、言えないとは、とても思えないけど。
追究したら、飽きれた顔で「簡単過ぎで、つまんないもん」と、ふみは小さい声で一言。
失礼な!一生懸命のK先生を思うと、申し訳なくて。
ふみを説得。思いついた理由を全部挙げてみた。
ふみ、まったく聞いていない。
聞いていないというより、聞いているふりだけして、全然関係ないことを考えてるのが、わかる。
困ったな〜
どんな先生でも、こういう生徒が好きになれるわけないじゃない。
説得をやめて、約束をしてもらった。
学校公開日のこの一週間、必ず手を挙げて先生の質問を答えるように。
ふみは快く応じて、すぐ解放感たっぷりの顔で遊びだした。
一週間待つことに。この一週間、保護者たち自由に授業参観ができる。
わたしは行かなかった。仕事で、やることがいっぱいあったから。
今日、ふみに、アンケートを提出するの忘れたことを叱ったあと、
この一週間に、手を挙げたかどうか、聞いた。
「挙げてない」
「一回も?」
「一回も」
!?…
「どうして?」
「わっかんない」
「なにがわからない?先生が言ってること、理解できないってこと?」
「先生が言ってること、聞いてないもん」
?!…
「授業中は、何をしてたの?!」
「えっと、壁を見て、違うことを考えてた」
!!!!
…
ヘトヘトになった。
どうしたらいいんだろう。
わたしは、K先生は、相当ふみのことを我慢してるんじゃないかなと思う。
K先生は別にまったく怒らない先生ではないそうだ、けど、ふみに、とくに最近、ほとんど怒ってないとふみは言う。
けどこのまま、どうなるのか。たとえこの一年間、ベテランのK先生が、なんとかふみと平和で平行線で過ごせたと言っても、二年からどうなるのか。
K先生は新入生しか担当しない、そもそもこの学校では、今年で最後だとのウワサが…。公務員なので、同じ場所6、7年が限界、転勤しないといけないらしい。
二年生になって、もしあの若い女性の先生だったら、そう思うと、もう目の前が真っ暗。
ふみを転校させる?もっと難しい学校、つまり公立じゃない学校に、とか。
けど小学校から私立というのは、ちょっと現実的ではないわ。
なら塾をやめて、学校のレベルを合わせる?それもどう考えでもバカバカしい。
それにふみは塾をやめたい気、まったくないから。
「ふみ、この小学校が好き?」
「うん」
「どこが好き?」
「給食。」
!?
「きゅ、給食?!」
「だって、保育園時の給食はちっぽけのもんだったもん。小学校の給食は…」
「…、あとは?」
「う…ん、休み時間!校庭でタスケができるもん」。タスケというのは、走りながらボールで相手を当てるとの遊びのこと。ふみは休みの時間に、芝生の上で、ほんとうに楽しそうにずっと走り回ってたわ。
「…、あとは?」
「体育かな?あ、プールだプール。保育園のよりずっと大きいから、あとは、音楽かな、あ、そうだ、僕、またヤマハに通うかな、あ、やっぱりやめる、面倒くさい…」
…。
わたしは、この子を、もうなんにもできないじゃないかな〜
「ふみ、これだけ覚えて、K先生は、珍しいぐらいの立派な先生。小学校の先生みんなこうだと思わないで。K先生は、とても正しく、清らかな、先生にふさわしい先生。だからこの一年、勉強だけじゃなくて、いろんなことを、K先生から習いなさい」
「うん」
聞いてるのだろうか。
ふみが描いた、昼と夜、だそうだ。