一目惚れ
ベランダの朝顔、咲きました。
去年の夕顔、きれいだった。闇に咲くのは、なんとも言えない魅力が。
朝、Tちゃんのママに指摘された。
ふみ君のママが、K先生を避けてるように見えるのは、よくないことだ、損しちゃう。K先生から見れば、ふみ君のお母さん、自分に挨拶すらしたくないんだと思ってしまう。
「いつもご迷惑をかけているから、なんか、何事もないような明るいご挨拶は、なかなかできなくて…」
「ご迷惑をかけているからこそ、人一倍ご挨拶したほうがいいんじゃないんでしょうか」
そっかー。そうですよね。K先生と会うと、いつも向こうから明るいご挨拶なのに、わたしは下を向いて、出来れば早く通り過ぎたい。考えてみると、これは確かに、誤解を招くんだわ。なんという不機嫌な親だと。
今日は学校に行く日だ、今日はもしK先生に会ったら、わたしから、明るく、元気よく、ご挨拶しましょう。
今日は、PTAの運営委員会がある。広報の委員長の代わりに、わたしたち6人は順番にこの運営委員会に出ることに。
今月はわたしの番。
書記から用意されたものを、棒読みをして(それでも何回か噛んでしまい)、なんとか乗り切った。
商社マンの会長も今日は出席して、副校長先生も。多忙の中、校長先生もちょっと顔を出して、「先日の公開日の一週間、なんと5百人の来校…」
「481人」と副校長先生が声を秘かに校長先生に訂正。
「あ、オーバーに言っちゃったかな。ははは、その5百人は…」
「481人」副校長先生は再び。
いつもこのパターン、校長先生の女房役の副校長先生は、卓球の名人で、ついこの前の八校卓球大会に、いい成績採ったそうだ。
ちなみにわが広報の唯一の男性のYさんも参戦、あだ名が「空振りのYさん」だって。なさけなぁい〜
中休み、ちょうど子供たちが目の前で遊んでいて、ふみが見えた。
走り回ってる走り回ってる、とにかく走ってる。驚異の体力だね。
四角く囲まれたテーブル席で、わたしは、会長と副校長先生の真正面だ。
なのに、首を伸ばして、外を見て、なにを考えてる!
終わった途端、わたしは上の階に上がって、ふみの教室を覗きに。
算数だった。わたしは、国語をまだ見てない。
今日は、チャンスがあれば、K先生にご挨拶を申しあげましょう、積極的に!
後ろのドアから中を見ていると、ちょうどK先生がふみのところにいた。
ふみの書いたものを何かご指導をして、ふみは消しゴムで消そうと、器用ではないふみは、消しゴムの使い方が下手。
それをK先生もすぐわかったようで、代わりに消してあげてた。
K先生はふみの背中を軽く叩いて、立ち上がって、わたしに気づいた。
笑顔を見せよう、いつものように、逃げたりしないで、笑顔を…。
K先生、何も見えなかったかのように、授業を続けた。
ありゃ〜、せっかく笑ってみせようと決心したのに。
やっぱりTちゃんのママの言った通り、(どうせふみ君のママはご挨拶のできない人ですから)と思われてるのかしら。
ありゃ〜どうしましょう。そうじゃなくて、ふみが、やんちゃ過ぎて、先生にご迷惑をかけすぎですから、悪いわと思って、堂々とできないのだ。
けど、もう説明のチャンスもなくなった。
K先生、視野に現れた。
やはり、わたしを見ようもせず、黙って教室の後ろにあるエアコンを調節してる。
見てみたら、“強”にして、風の向きもちょっと変えて下さった。
廊下にはエアコンがないから、先生は配慮して下さったんだ。
ありがたい、K先生の優しいお気持ちに、笑顔を見せよう、せめて笑顔を…ダメだ、先生は、たぶんもう二度とわたしに挨拶することない、という感じだ。
Tちゃんのママ、もっと早く指摘してくれたら…。
K先生の授業、相変わらず楽しいものでした。
前へ立って発表する子供に、K先生はしゃがんで、マイクを持つ仕草で、頷きながら、その子を励まします。
「…一目で見ればわかる!いいね、ほぉ〜、それは大発見だ、素晴らしい!確かに、こうやって線をひけば、わかりやすいね…」
「先生、先生、“ひとめ”ってなんですか」とOちゃんが聞く。
「おっ、いい質問だね。一目というはね、パッと見れば、との意味です。あ、そうだ」K先生は急に両手を胸に当てて、「あ〜、あの子、格好いいわ〜、一目見たら好きになっちゃった〜、これは、一目惚れと言います」
そう言われたOちゃん、両手を頬っぺたに当てて、「いひひ、うははは」と、幸せな顔で、上を見て。
何を思い出したのでしょう。
そう言ったK先生は、やはり字を一つ一つ丁寧に書いて見せてます。
Oちゃん、まだ幸せそうにしてる。(o^∀^o)
みんなノートに書き終わってる。
「あ、先生、待って下さい」Oちゃんはやっと現実に戻ったようで、
「先生は待ってますよ、大丈夫ですよ」
みんなより遅れたOちゃん、泣き出してしまった。
「泣かない。Oさんは、もうお姉さんでしょう、泣かない」
Oちゃんは、しくしくして、書いてる。
わたしの小学校の担任、一年からずっと同じ先生でした。
怖さは年々増して、最後はもうヒステリー状態。
宿題をうまくできていない子は、
教室の前の床にうつ伏せの姿勢で書くのをさせられてました。
怒鳴る、暴言、は日常茶飯事、怒り出したら、「この文章、30回写して来い」と言うのが、宿題だったりして。
長い長い文章なのに。
それこそいつも、しくしくと夜遅くまでやっていた。
もしK先生のような、常に何かに気付いて、誉めてくれる先生だったら、と思って、わたしはずっと見ていた。
帰ってきたふみに「ママ、今日教室に行ったの、イヤだった?」
「嬉しかったよ」