ほろほろ

ふみがずっと、今上演中のディズニー映画を観たくて。


わたしは洋画は、もう卒業したというか、もう興味が湧かないのです。


今日は、朝早く出掛けて、ふみとその映画を観に。


新宿までは、もちろん徒歩。

日曜のこの時間は、まだ眠っている町です。




昨日は、ふみに鬼太郎のDVDを買いましたが、わたしは、寅さんを。

マドンナが京マチ子のは、まだ持っていません。




京マチ子、ほんとうに飛びきってきれいで華やかな女優さんですね。

今なら、こういうお顔は、さほど珍しくないでしょうけど、

30何年も前のこの映画の中で、回りと比べて、際立つ美人でした。


役は、没落した良家のお嬢さんです。

家計のため、戦争成金と結婚させられ、離婚され、貧乏の身になって、病弱で入院、退院して、柴又に帰り、娘の壇ふみ(小学校の先生)を通して寅さんと出合い(正確には再会。お嬢さんの時代は、寅さんは鼻水を足らした悪ガキだった)。

お嬢さんは自分は余命あと僅かということを言わず、感じさせず、明るく、きれいな身だしなみで、寅さんと楽しい時間を過ごし、亡くなりました。

娘の壇ふみが寅さんに、「母を愛してましたか」と問い、

寅さんは、そんなことはない、と答え。

「そうでしたか、でも少なくともお母さまは、寅さんのことを…」

寅さんは黙って聞いていた。


柴又を離れる電車のホームで、

あのお嬢さんは、花屋が一番似合うんだよ、花屋に座って、なにもしなくていいから、客にお花を渡すだけでいいんだから。仕入れ、掃除、片付け、全部俺がやる、そんな花屋、流行るぞお前…、
と寅さんは嬉しそうに妹のさくらに語る。

「お兄ちゃん、そんなことを考えてたんだ」と、さくらは涙をにじませる。




そんな、儚くて切ない話でした。


京マチ子、華やかできれいで、ただ、上品さに、なんだか芸者っぽい振る舞いが入っているのが、ちょっと気になるところと言いますか。


寅さん、好きだな〜やっぱり。
あの時代の日本、人情溢れ、暖かくていい国です。


寅さんのDVD、何枚も買ってあります。
厭きないですね、なにしろ、十代から故郷で、もう寅さんの映画を劇場で観てたわたしですから。




蒸してますけど、日差しがなく、ふみとお喋りしながら、新宿の映画館に着きました。

オンラインで予約していたチケットを機械から受け取り、まだ時間があるから、書店へ。


そうだ、映画館のお手洗いはいつも混むから、ここのお手洗いを拝借しましょう。ふみ、いい、いい、と言って、説得され、渋々とお手洗いへ。



出てきたら、ふみはまだ出てきていなくて、珍しい、どっか行ったのかしら。

と、その時、男性トイレのドアが開いて、ふみの姿が見えて、だけど出ては来なく、一生懸命ドアを支えて、
中から、二つ松葉杖を支えて男性がゆっくり少しずつ歩いて出てきました。


へぇ〜、ふみ、親切ではないか。


ふみは本をパラパラと見ているわたしのところに来て、
「遅かったね」とわたしは言ったら、

「うん、手を洗ってたから」とふみが。


へぇ〜、さりげなく親切なんだ。


エレベータに乗ってたら、ちょうどその松葉杖の男性も向こうからエレベータに向かって、

ふみはボタンを押して、待ってました。


「ありがとう、さっきから助かったよ。で、何歳?」

「7歳」

「7歳?そうすると、2年生かな?好きな科目はなに?」

「体育」

「体育?ダメだよ、体育じゃあー、算数が好きにならないと、算数!」


「はい」

“はい”、なんだ。

ふみはまたボタンを押し、松葉杖の男性を見送りました。


「あっ」とふみは急に、「体育じゃなくて、プールと言えばよかった」


同じじゃありませんか。



映画は、なかなかいい映画でした。

面白くて、教育上も、よかったです。


けどわたしは、なんと言ったらいいのか、…。

夢の中のよう(夢だったらいいのにな)でした。

原因は、入場の列に、知ってる方が隣にいらして、びっくり。


去年、知り合って、少し、苦手な方で。

同じ映画、同じ時間、同じスクリーン。

……。(-_-)

なんでだろうね、縁がよほどあるのかしらね。


わたしは、凝りいものです。

イヤだ、苦手、と強く思うと、“呼ぶ”こととなっているのに。

淡々としないとダメじゃない、淡々と。


“楽しく”お話しを努めて、その女性、自分の席から、わたしの隣に移動しました。

(-_-)


二時間の映画、その方が隣で、過ごしました。


…。(-_-)



わたしは、小さい頃は、極度な人見知りです。


来日して一人、人見知りして居られないため、だいぶ社交性が出てきました、と見えます。
するとわたしは、小さい頃からの極度な人見知りの数々の桁外れのエピソートを、笑い話のように思えてきました。

けど、実はわたし、なにも変わっていません。

極度な、人見知りです。


特にちょっと苦手な方なら、強いストレスにやられます。


映画が終わり、機械的に出口へ向かい、
あれ?ふみは?


もう観客のいない座席で、ふみは若い女性二人と、なんやら話してる、それから三人で座席の上下を、物色。


ぼーっと、それを眺めるわたしです。

スタッフの方がお掃除に入り、若いモダンな二人女性がスタッフに、
「この子の…、なんでしたっけ、サイコロ?下に落ちて、前の方にコロコロ行っちゃったかな、見つからないのよ」と、

スタッフの方が「サイコロ?何色?」

「何色?」と、お姉さんはふみに、

「えっと、紫みたいな」とふみが、


「紫?そりゃわかりにくいね」とお姉さんが、

スタッフ含め、大人3名、子供1名、サイコロ探し、

さらに大人1名、それを眺める、というスクリーンの風景。


スタッフの青年が「捜索願い出しますか、誰かが拾ってるかもしれないから」

「捜索願い!?」とお姉さん二人笑う。


ちょっと、なにぼーっとしてるのよ、わたし。

サイコロかなにか知らないですけど、どうでもいい玩具に違いないから、

慌てて謝りに行くわたしでした。



ふみと二人きりになり、カフェに座り、いろいろ思うと、なぜか涙がほろほろ。

よほどのストレスかしらね。

映画館でわざわざ隣に座ったその女性の方は、親しくもなにもないが、明るく、親切、悪くもなんにもないです。
わるいのは、いい歳して、人見知りなんぞする、わたしです。

へとへと。
くたくた。


ふみと、デパートへ、予定通りふみのお箸を買いに行かないと。くたくただけど、このまま帰ってたら、余計にへこむわ。


お箸のコーナーに、年配の男性の職人さんが座って、やたらとふみに声をかけます。

何せわたしは、もう上の空状態で、声を発するの精一杯で、なかなか職人さんの親切さにお応えができなくて。

ふみに使いやすいお箸を選ばせ、
その職人さん、「これ、あげるよ、持ってきな」と、もう一膳つるつるした原色のお箸を差し出しました。


デパートなのに、アメ横ではないのに、こんなこと、…、躊躇するわたしに、職人さんは差し出した手を、さらにいっぱいまで伸ばす。


店員さんの視線を感じながら、頂きました。




「ふみ、こんなこと、デパートではダメじゃないかな、というか、あまりないよね」

「ぼくもアリガタイと思ってるよ、あ、そうだ、あのおじさんに、なにかあげようか」

ふみはカバンをえぐると、ストラップが出てきました。


今朝、新宿まで歩いて、道端のお店から買って。
ふみは、“うにいくら丼”を、
叔父のしんちゃんに、“うな丼”を、と、ふみは選んで。


そのしんちゃんにあげるつもりのうなぎ丼を、ふみは職人さんに差し上げました。

「くれんの?いいの?」と職人さんは笑ってそのストラップを裏表で眺める。


ふみの、うにいくら丼。


「しんちゃんに、また今度買いに行こうね」とふみが。


世の中、親切な方は溢れるほどいらっしゃるのです。


なんとかわたしの人見知りが改善できますように。



夕方から雨。雨足時おり強く、空気はひんやりに。



カフェで涙がほろほろ落ちるわたしに、
「ママはどうしたの?」とふみが。

「ママは人見知りで、勝手に苦しんでるの」

「僕は人なつこい、でしょう?」

「うん、人なつこいねふみは。羨ましい」