つけ文
今朝、テレビ小説のワンシーンを見て、主人は「これは、ツケブミと言うんだ」と。
へぇ〜
付け文。遠い記憶が急に蘇って。
小学校の最後か、中一の時かしら。定かではないが、記憶に出て来る親友は、中一の後半に、よその町に行ってしまったので、彼女がいると言うのは、その時期だと判断できる。
あれは暖かい春の日、夕飯後、同じく大學の住宅に住んでいる彼女と、大学生の夜のマラソンを見に行くことになって。
丁子の白い花が咲いて、甘い香りがそよ風に漂う。
大學校門に行って、マラソン大会のはずだが、なぜか自転車も多く、混雑して。
応援の声、挨拶の声、「どいてどいて」と自転車のベルも鳴る。
故郷の夏は短く、やることが多くて世の中は、貴重な夏になると、いつものように騒々しい。
「ちょっと」と彼女は声を潜めて、肘でわたしをトントン、
「どうしたの?」
「その人、誰?こっち見てるよ」
「え?」
自転車に乗って、帽子をかぶってる男の子、いいえ、青年に近い、14、5歳かな、わたしたちを回るように、大きい円をぐるぐると書くように自転車をゆっくり走らせ、ちらちらとこっちを見る。
「誰?」とわたしも不審と感じ。
「だから誰よ」
「知らない、関係ないじゃない?」と言いながら、わたしは不安になる。
「でも先からよ、ずっとこっちを見てる、というか、あなたを見てる、あの格好、不良だよね」
「わたし?いやだぁ。全然知らないから。人違いよ、きっと」わたしは彼女の手を引き、街灯の下へ移動。
明るいところなら、その“不良”は、すぐ人違いだとわかるはず。
街灯の下に立ってるわたしたちに、“不良”は近付いて来た。
わたしは顔を上げて、“不良”がよく識別できるように、“不良”をまっすぐ見ることにした。
なんだ、違うじゃないかって言って去って行くはずの“不良”は、近付いて、片足を着地させ、自転車に座ったまま、笑った。「なによ」と言って。
それから、口笛を“ビュー”と飛ばして、去った。
彼女と二人震えるほど怖くなって。なにしろ二人通ってる学校は、不良なんぞいないから。
どうしよう、どうしようと、二人寄り添って、前後ろ右左とこそこそ見ながら、住宅区に戻った。
翌朝の登校道、やはりその恐怖は消えてなく、彼女は「あなただいじょうぶ?、気をつけたほうがいいよ」と何回も言って、自分は当事者じゃないと確認するかのように。
そう言われると、悔しくなって、「わたしはだいじょうぶよ。だって、人違いだもん。街灯だって、暗いからね。ほら、わたし、××ちゃんに似てるでしょう、顔が。彼女は訳わからないお友達がいるでしょう、昨日の人、彼女の友達よ。街灯が暗いからね…」
自分にも説得出来なくて。
その翌日、翌々日、“不良”の影のなく、あ〜、ビクビクした神経はほっとして、わたしは落ち着いてきて。
風のある日の午後、わたしは親友のおうちへ出かけ、歩いて3、4分の道。
親友のうちの入口あたり、口笛が聞こえ、振り向いたら、帽子を被ってる“不良”だった。
一瞬心臓も体も縮み、恐怖に、わたしの全身の血は一遍に引かれて、直立不動としか、なにも出来なくて、
「どうした?」“不良”はやはり笑って、それから発した言葉は忘れもしない、彼は、
「誓いを交したんじゃないか、なにその顔、まるで知らない人みたいに」と言って。
自転車を乗って、ゆっくり去った。
なに?今のは何の話?わたしはまったく意味がわからない。
この人、完全にわたしと誰かを間違えてる?それとも映画かなにかのセリフを真似して言ってるのか。
人違いなら、近所に、こんなにもわたしと同じ顔の人がいるってこと?
いったいどういうこと?…
衝撃と怖さから抜け出し、わたしは自転車の後ろ姿に向かって、「あたまをきをつけて」と言った。
あれ?脅迫のつもりだけど、それこそ映画かなにかの中の台詞のように、
おまえ、きをつけろ、頭がその首の上にありたいなら、気をつけろ、みたいな台詞、確かに西部映画みたいなのに出てた。
けどわたしの今の言葉は、…、脅迫に聞こえるかな。なんか変な感じ、どうしよう。
“不良”は振り向いて、笑って。もともと細い目が、さらに細くなって。
親友の家の前だが、わたしは走って家に帰って。
そしてなぜか着替えをした。地味の紺色の服に着替えをした。
花模様のある服を着てるからヘンに思われたのよ、きっと。
それからの日々、ビクビク、ビクビク。
一週間過ぎたかしら、やっとほっとしたある日、学校へ行くわたしは、家のドアを開いた途端、
パーっと、白い紙が地面に落ちた。ドアの隙間に挟んでた。
なんだろうと、拾って開いて見れば、
「親愛なる×××、話しがあるので、明日の×時に、主楼の後ろで待ってます」
まったく見覚えのない筆跡、何遍読んでも、わたしの名前が書いてある、間違いない。
主楼と言うのは、大學の中心の建物、先生方の研究室、教室、医務室のある、大きいなレトロな建物のこと。
震えだすほど、怖くなって、わたし部屋に戻った。
誰の悪い冗談だろうね、だったらどんなにいいんだろう。
どうしよう、もちろん絶対行かない。けど行かないからって、うちに来ることないでしょうね。来たらどうしよう。というか、なんでうちを知ってるんだろう。
というか、だれ?!
姉が入って来て、ぼーとしてるわたしの手からその紙を取って、
「なにこれ、あなた、これは誰が書いたの知ってるの?あなたこういう付き合いしてるの?」
違う違う。
わたしは泣きだして。
姉はどうやらお説教をしてる、勉強をちゃんとやらないから、悪い人に目をつけられるのよ、うちのクラスにいるよ、女の子、不良とかかわって、最後待ち伏せされて、親まで学校にきて、彼女は違う町の親戚のうちに避難…。
ギャー
違う違う、わたしは違う…。
「じゃ、あなたは行かないのね?」
あまり前じゃない!
「わかった、この手紙、私が処分するから、登下校の時、気をつけて」
それからは、びくびく、びくびくの日々。
口笛の不良はあれから二度と現れてない、手紙もそれっきり挟まれてなかった。
ずっと後、わたしはなにかを探す時に、姉のベッドの敷き布団を上げて、ふと、あの目に焼き付いてた手紙が!
処分すると言った姉は、忘れたか、イジワルのためか、その手紙を、捨てなかった。
すぐ手に取って、ちぎって、丸めて、ゴミ箱に、ゴミ箱から取り出し、燃やした。
今も謎なまま、手紙を書いた人は、誰だろう。
誓いを交したじゃないか、とは、どういうことなのか、人違いだったのか。
今日も30度の暑い一日でした。
もう10月というのに。小さい時の故郷は、真夏でも28度もなれば、大騒ぎなんだ。