赤の訳

知人に、火曜日購入したDVDの話をしたら、
 
知人が、
長山藍子が本当のお母さんだから、血の繋がりを表現したくて、真っ赤な着物をわざと着せたとしたら、演出過剰で笑うしかないね。お母さんが殺されたばかりのおうちにでしょう?
 
当時の大映ドラマって、どれもセリフが大袈裟でくさくって笑っちゃうけど、こちらはそれを承知で突っ込みながら見てたし、役者も真面目に演技していたね。
 
当時はそれが受けてたし、人気シリーズだったんだもんね。
 
当時は、あんな大袈裟なセリフや過剰演出が流行っていたんだから、時代の流れだね」

と。


ひゃ〜、なるほどなるほど。

赤い着物赤い羽織、あれは、血の繋がりの暗示なんですね。



面白い面白い。

でもほんとう、そう突っ込みながらも、見てしまいます。

しかしこのシリーズの百恵のお母さんたち、みんな上品でお美しいですこと!
それも一つ見所なんでしょうね。





午後は二時間抜け出し、ふみの保護者会に。


校長先生が遠くからご挨拶してくださって、
「ふみくんの足、もうだいじょうぶだね、だいじょうぶでしょう」

「ええ、お陰さまで。それより、校長先生、ホットいたしました。また先生で」

「え?あ、ははは、ま、ありがとう、今年もよろしく」


校長先生は変わらなかったのは、とても安心しました。
副校長先生、K先生、異動されました。

寂しいものです。みんないい先生で、思い出も多々ありまして。

ふみの入院中、病院からN先生に電話をかけて、副校長先生が出て、わたしの携帯は電波が悪くなり、切れて、またかけて、副校長先生が出て、また切れて、

病棟から降りて、もう一回かけて、副校長先生が出て、
「電波が悪くて、申し訳ありません、何回も何回も」と言いましたら、

「××さんだとすぐわかりましたよ、ここで待ってましたから、全然だいじょうぶですよ、病院ですから、携帯の電波はよくないですよね」と副校長先生が。



修了式に、ふみを車椅子で押して、学校の校庭でK先生に会いました。

「痛そうですね」とK先生はふみのギプスを見てわたしに、「彼はほんとうに強いね」

わたしは、ドタバタの中、おそらく“どうも”みたいな言葉をしか。

あれはK先生と交わした最後の言葉だと思うと、やはり寂しくなります。




先生方、もう新しい場所で、新しい顔として、スタートしましたね。



Uさんと会いました、3年生も娘の付き添いを毎日しなくちゃならないようです。
「あ〜、髪切りましたね」とわたしが言うと、
「そうなのよ、さっぱり」

Uさんは長い髪をショットカットに。依然として黒くて艶々なきれいな髪です。

「私、席がふみくんのすぐ近くよ」とUさんは。
帰ってきてふみに聞いたら、「うん、今朝、いきなりごじょごじょされたよ」