雨雨雨

雨は勢いよく、一日ザーザー。
平年の6月1ヶ月分の量だとか。



夕方、ふみを連れてサックスのレッスンへ、


ふみは、ランドセル対応のレインコートを着て、サックスのケースも濡れなくて済む。
足はびしょびしょで、廊下で、ふみの靴下を脱がせて、サンダルだけにしました。

教室に入る前に、「先生、濡れましたので、今日は裸足で、申し訳ありません」とわたしが言うと、

「構わない構わない、だいじょうぶですよ」



習い事や塾に行くときは、ふみに着替えをさせてからしています。
暑い日は、シャワーもさせます。

「最低限の礼儀だから」といつもふみに言い聞かせてます。



今日のレッスンは、タンギングの練習と、簡単の音階の練習。

サックスは、ふみにとって、やはりまだやや大きい、そのため、どうしても猫背気味になって、

先生は、背中を伸ばして、姿勢よくするようにと指導、

ふみ、姿勢を気をつけると、タンギングがうまくできず、タンギングをうまくできたら、音階を忘れ、音階がうまくだしたら、猫背気味に…。


でも、わたしから(おそらく先生も)見ると、当たり前というか、これがレッスンだもの。


ふみ、だんだん無表情になり、声も小さく、
先生は「疲れた?」と聞くと、

ふみ、まるで独り言のように、「だいじょうぶです」と下に向いて。


先生は、ふみのこの勝手に陥った“挫折”状態を、おそらく理解していなく、具合悪いのか、疲れたのか、と、ちょっとわからずに戸惑ってる様子でした。



レッスン終わり、ふみは黙々とサックスのネックを外し、重しの付いてる布でネックと本体のお手入れ、
全部ケースに戻して、ファスナーを閉め、背中に背負って、先生の顔も見ず、独り言のように小さい声で、「ありがとうございました」


先生は、戸惑いながら、やはり気になってるでしょうか、廊下まで出てらして、
「すごい雨だね、今日は」
「…はい」
「雨の中、たいへんだね」
「…」
「おっ、このレインコート、いいね」
「…」
「あ、ケース、やっぱり大きいね、知らない人から見れば、なに背負ってるんだろうって、びっくりしちゃうよね、ハハハハ」
「サヨウナラ」とふみは下に向いたままに、かろうじに聞こえる声で。

「あ、はい、さようなら、あ、お母さんも、この雨、着物、たいへんですね」

「はぁ、さようなら」

戸惑っている先生を廊下に置き、ふみとエレベータに乗った。


ふみ、エレベータの中も、表情一つなく、下に向いて。


目の前のふみ、わたしには、かわいくて愛しくて、こういう真剣なふみ、好きだ。


しかし先生は、困ってらしたんでしょうね。

息子は急にご機嫌斜めになり、お母さんはお母さんで、どしゃ降りの中で着物なんて、
ワケわからない親子だ。



そう思うと、一人でフフフと吹き出してしまって、


ふみはわたしを一瞥し、また下に向いて。


「ふみ、どうしたの?」

「お腹がすいた」

「おやつ食べたでしょう」

「…、失敗ばかりしたから」

「う…ん、でもそのほうがいいよ、その挫折感、ゆっくり充分味わって、そのほうがいいよ」

「そのほうがいいって?」

「失敗しない人って、危ないよ、失敗いっぱいしたほうがいい、慣れたほうがいい、その感じ、存分に味わって、心を大きく大きくしてくれるから」

「…」

「でもねふみ、残念ながら、今日のは、“失敗”や“挫折”とは、言えないな、習い事って、こういうことよ、できないから習いに行ってるじゃない?」

「みんなこう?パパも?」

「そうよ、当たり前よ、帰ったらパパに聞いてごらん、なんの失敗もしないでギターがうまくなったかって。M先生だって、音楽大学までずっと習って、あんなふうに上手になってるけど、ふみは始まったばかりじゃない?」

M先生、今日はちょっとかわいそうでしたね。気になってらっしゃるじゃないかしら。

ふみの年齢の生徒がいないため、掴めないかもしれませんね。


次のレッスン、今日のワケを、一言説明したほうがいいのかもしれないですね。