秋深き
作文を書くふみ、なぜかポット・コゼーを被って。
「暑くないの?」
「うん、ちょっと暑い」
本人は至って真面目。
昨日はニラの水餃子を作って、美味しかったです。
ふみが今日は、大根の蒸し餃子が食べたいと言って。
よくも厭きもせず。
葱を刻んでいると、目にしみると言って、今度はゴーグルをつけるふみ。
「キャップも必要なの?」
「うん、直接ゴーグルは痛いから」
(;^_^A
さすがチャーチル社のもの、
男の子のポケットからはみ出したパチンコや、ほどけそうな靴紐、少しも手抜きなく。
これも世界中に愛される理由でしょう。
正直、トフィーはずっと不器用な味ですけどね。
ふみの作文です。
「ちょっぴり悲しいというのは?」
「だって、親が早く死んで、二人だけだから」
そうか、ふみには、それが寂しい、かなしいと感じたところなのね。
ふられたお姉さんのことを、きっとふみも悲しく思ったに違いないが、そういうの照れるから、ふみは口にしないのだ。
この映画、ふみも結構気に入ったようで、何回も話題にしてました。
わたしは、この映画のストーリ、日本人ならではとしみじみと感じます。
仲のよい姉弟、二人っきり寄り添って生きてきた姉弟、
お互いの深いところを読み取ることだが、けど、決して深く踏み入れることはしない。
さりげない思いやりの振る舞い、相手に負担にならないような優しさ。
これらは、日本人ならでは成立するものじゃないかと感じます。
中国や韓国の作品を見ていると、
いわゆる“本音のぶっ付き合い”“腹をわる”、
結局お互い傷付き合い、あとはなにが残るのかは。
わたしは、腹を割る、は、どっちかというと、きらいかな。
程よい距離、
水の如く、が、いい。
作文を書いて、ふみはスーパーにお使いに行ってくれました。
スーパーに着いてすぐ電話をかかってきて、「ひじき、どこ?」と。
お昼は、ふみが買って来てくれた材料で、炊き込みご飯を。
ひじき
人参
しめじ
こんにゃく
それと、ツナ
普通に美味しい。
餃子を包んで、
ふみと振替のスイミングへ。
ふみに、「秋深き 隣はなにをする人ぞ」との名句を教え、
「隣の人はなにをしてるかな」とふみは笑いながら、創作し、なかなか正確のを覚えようとしないです。
生姜飴に釣られて、すぐ正しく言えたふみでありました。
スイミングが終わって、夕飯に餃子を。