雪山

Fさんが高野山から降りてきて。

さらに10キロ痩せて、がりがりに。

「これ、息子さんに」と、このクッキーを差し出して。

Fさん、ワイルド過ぎるぐらいな方だが、こんな繊細な一面もあって、いつも不思議に感じてならない。

しもやけで手が紫色になって、それでも「そんなに寒くないっすよ、今年は」と言い張る。

Fさん、冬になると、かならずジャンパーの中に、ファーの付いてるベストを着る。
そのベスト、元は何色だろうといつも思う。灰色のような、ベージュのような、洗濯したことはないんじゃないかしら。

裾あたりに、小さな花が鮮やかに刺繍されて、とてもつりあわない。

その不思議さに耐えられずに、「その刺繍、なんです?」
「これ?あーー、なんだっけ、あったかいっすよ、これ、刺繍なの?あんま気にしてないからね。花だね、これ、火で燃えるんっすよ」

火で燃える、恐らく素材の説明でしょう。

「その刺繍、中国かどこかのような」

「これ?そう!中国に行った時に買った。これ、よく見たら、女の子が着るもんだろうね」

「女の子が着るもんではなくて、中国の女の子が作ったんじゃなくて?“Fさん〜”って」わたしは刺繍の仕草をして、

「ヤハハハ、そんな、ないっすよ、ない、ヤハハハ」

Fさん、かつて中国で放浪し、それからスペインに行くつもりだったが、中国が居心地がよくて、お金が尽きるまで居たという。
ベスト、その時に買ったものなのね。

傍にいるKさんが「Fさん足が大きいね、サイズはどれぐらいなの?」
「この靴は30」とFさんはスニーカーの足を上げて、

「30?!」

「ほんとうは29だけど、足の甲も高いから、30の靴じゃないと」

「それじゃ靴もなかなか買えないでしょう」

「うん、これはガード下で買った、千円」とFさんは笑う。

KさんはFさんのことを、「ほんとうに物欲のない人間」だと。

「息子さんは今日、学校?」Fさんがわたしに。

「ええ」

「おりこうでしょう、うん、そんな感じ」

「そうでもないですよ。つい先週、担任の先生からまた苦情電話がかかって来て」

「へぇ〜、あ、わかった、担任、男でしょう」
「女性の先生ですよ」
「年取った先生でしょう」
「若い先生ですよ」
なに一つ当たってない。

「息子さん、いい感じよ。僕ね、子供好きでね、自分が子供みたいなもんだけどね」とFさんが笑いながら、「でも子供好きでね。昔、塾の先生もやって…」

知ってる知ってる。塾の先生から大工さんから料理人から工事現場から、バラエティ豊かな遍歴。

「今は時間がちょっとないんだけどな〜、息子さんを連れて、山登りしたいな〜、雪山を」

「やめてくださいよ。ダメよ、あぶない」

「だ〜いじょうぶっすよ、あの子、体格がいいから、将来、いい体になるよ」

どうであろうと、雪山は、ダメよ。

「明日、連れて来れば?」
「まだ学校が…」

NONONO,ふみ、Fさんに煽られて、放浪人生なんて、とんでもない。

Fさん、仙台の実家に戻ってお正月を過ごすって。

高野山に行く戻る前に、何かを差し上げないと、クッキーを頂いたから。