2時間半

三國志諸葛孔明やっと登場。ますます目が離せない。


わたしは孔明は人類の知恵の頂点じゃないかと思って。

空前絶後の人物ですから。


果して人類は、進化しているのかしら。




今日のふみの英語は、来週の水曜日に振替して、午後、ふみと、前に申し込んだ御法話を聞きに行きました。

電車で30分くらいのホールで、スマナサーラ先生の上座仏教のご法話です。

ふみが2歳頃、わたしは、スマナサーラ先生にお会いして、お話をしたことがあります。


その時、ふみは、目の前にあるテーブルを上ろうと、何回も何回も落ちて。
先生は微笑みながら、ふみに「君にとっては、まだ高すぎますから」とおっしゃって。

もちろんふみは全く覚えていないですけど。


法話は満席で、申し込んでなくて来た人も。ふみとだいぶ前列に座って、しかも撮影のカメラの真後ろですから、先生はカメラに向かって、まるでわたしたちに向かって語るようでした。


上座仏教は、お釈迦様の教えを勝手に解釈せず、忠実に教えを守ってきて。
難しい学問でもなく、玄妙すぎて理解し難いものでもない。


先生は、「心の弱み」から解説し、どうして弱み(悩み、苦しみ)が生まれるのか、消えるものなのか、どうしたらいいのか、


理解し難いところ一切なく、簡単明瞭。


2時間半、あっという間に過ぎました。


ふみもよく頑張りましたね2時間半のご法話をきいていて。


「ふみ、スマナサーラ先生のお話し、なにか心に残るのあった?」

「う…ん、よくわかんない。う…ん、“人間は、心の弱みがあるから生きてる”と言ってたね」


なるほど。

生きたい、死にたくない、は“渇愛”、先生はその渇愛を“生存欲”と説明をする。

生存欲があるから、生きている。その渇愛という弱みがあるから生きてる。


ふみには、まだ難しい部分があるかもしれませんが、こういう教えを聞いて、もっと知恵のある生き方をしたらと、きっとしますよ。


や〜、先生のお言葉、一言一言、宝そのものです。



ふみ、スマナサーラ先生のご法話、例えまだよくわからなくても、きっと人生に大きい影響を与えることでしょう。


智者の言葉ですから。とても現実的な智者のお言葉です。



帰ってきたら、もう5時過ぎて、ご飯の用意が間に合わないから、仕事終わったパパと合流して、久しぶりに3人で外食を。