夏休みの宿題

今日も涼しくて、深秋と思わせる一日でした。夕方から雨が静かに降ってきました。


しとしと降る雨はほぼ音も立てずにまだ降り続いています。
パソコンに取り込んだ写真を見ています。
中の一枚は、電車の車窓から撮ったもので、民家の庭に、小さいスペースがロープで囲まれて、家の主人が、趣味で作った家庭菜園…というよりは、家の小さい子の夏休み宿題の観察日記かなにかのためにやってるような感じでした。



この光景はとても懐かしい。
小さい頃、同じことをやってました。幼なじみの女の子と二人で。


小学校高学年になると、夏休みの宿題はもう植物観察日記のようなヤサシイもんじゃなくなるのです。
まず書くほうの宿題は、印刷された宿題のノート以外に、「優美な単語」を300個挙げろ、唐詩を20篇暗記しろ、など、最後に泣きながらやっても、なかなか終わらないものばかりです。
優美な言葉じゃないとダメなはずなのに、だんだん「工作」「労働」「宿題」というような、ただの実用用語になったりして。
唐詩は、小学校上がる前に、父親がいっぱい教えて、暗記させてくれたのがあって、昔の手柄の上にあぐらをかくことで済んだんです。


しかし小さければ小さいほど記憶が鮮明で、今でも迷わず口に出せる唐詩や古文は、全部小学校前の記憶です。意味がわかるわけがなく、発音で覚えたのにね。



書くほう以外の宿題は、単なる知識を得るためだけではなく、必ず「祖国のために貢献する」との有意義なことでなきゃダメなんです。
という訳で、植物観察は第二位になるのです。


よく配られたのは、蓖麻(トウゴマ)の種です。育てて、できたトウゴマを学校に納めて、国家にひまし油を提供することになります。

小学生たちが作ったものが、どれぐらいひまし油になり、どれぐらい国の役に立つのかは、私たちは知りませんけれど、とにかく国のためなんですから、一生懸命やらないとダメだから、この宿題はまた違う重さがあるものでした。


トウゴマのほかに、「四害を駆除」と言うのもあります。

「四害」というのは、蚊・蝿・ネズミ、あと一つは私は、ずっとわからなかったです。こんな“常識”をどんなタイミングで誰を聞くのか掴めなくて、いまだに私の謎です。まあ、知りたくもないことですけどね。
「四害」の中で、蚊が一番弱弱しく、宿題にされる資格ないでしょうか、言われたことがないです。ネズミは子供に駆除できるような存在じゃないから、宿題にもされません。
ということで、「四害の駆除」宿題は、いつも蝿が標的になります。
一ヶ月の夏休みの間に、マッチ箱一箱の量のハエを取ることが最低限の合格ラインです。


死んだハエを大事そうにマッチ箱に入れ、貯めて、学校始まる時、安心してそのマッチ箱を先生に納めるのです。
私はこれがイヤでイヤでしょうがなかったのです。ですからどうやってこの宿題を完成したのかは記憶にないです。
もしかしてやってないのかも?う〜ん、ちょっと考えられないです。担任の先生は半端じゃない怖い女先生ですから、体罰などは日常茶飯事ですから。


幼なじみの彼女とトウゴマの種をもらって、手のひらのその小豆ぐらいの黒い豆をどう育てるか、大きくなって、やがてたくさんのトウゴマができて、祖国のためにひまし油を貢献できるとは、どう想像しても、頭に浮かばないのでした。
そもそもひまし油は食油なのか、それとも工場で活躍するのかすらわからない二人でした。


びくびくしながらトウゴマを住宅の裏の空き地に埋めました。
よその家のオトナの家庭菜園をまねして、私たちも紐でその小さいスペースを囲むことにしました。


朝も見に行く、昼寝しないで見に行く、夕食後また見に行く。けれど、茶色の土から、小さな葉っぱの一つすら見せてくれません。


水もちゃんとやったのにね。太陽が沈んだ時じゃないと水を与えたら植物はヤケドして死んでしまうよと彼女のお父さんの教えた通りしたのにね。


我慢できず土を掘ってみたら、トウゴマの種は、先生から渡される時のまま、芽一つも出てないです。
もうムリだわ。どうしよう。
二人はトウゴマの種を握りしめて座り込んでしまいました。


近くの家庭菜園に、オトナの人が来て、野菜の手入れをしています。
青々としている苗たちがこっちを見て誇らしき体を揺らして、葉っぱにキラキラ光る露は、得意そうに笑ってる白い歯に見えて仕方がないです。

急に憎らしくなりました。


オトナの去る後ろ姿を見つめ、彼女と無言で行動に出ました。
私たちはそのオトナの菜園から、苗を盗んだのです。
トマトかナスかピーマンかも知らない苗(とにかくトウゴマではない)を盗んだんです。


手早く自分たちのスペースに、その何株の苗を植えました。


それからの土の上に座って自分たちの“畑”を眺める時間って、なんて幸せで充実なものなんだろう。
二人は言葉を交わして、汗を拭いて、「努力すれば必ず実る」との先生の教えを味わう。


その幸せな気分は、翌日に冷静になってる時に、一気に崩れました。
私たちは何をしているのだろう、隣りの菜園に、ボツンボツンと目立ちすぎるほど穴が開き、そして昨日まで茶色しかない私たちの“畑”に、急に緑が飾られてる。しかも一日にして成長しすぎる大きさの緑、しかも数が穴とぴったり。


どうしよう…


結果はどうであろうか、盗んだからには、責任を持たないと、二人はやむなく水を運んで苗たちに与えてました。


気持ちが通じたのか、苗たちはみるみる怯えているように縮んできて、やがて枯れてしまいました。



その夏休みの宿題は、どう復命できたのかは、記憶喪失ってことですね。