新年

拝啓

お父さん、お久しぶりです。

久しぶりすぎですね、もうすぐ、お父さんがあの世に行って、はや10年になりますね。
10年は長いですよ、状況がいろいろと変わりました。私自身も。


3年前に、ふみがうまれたのです。
お父さんに会わせたいなって、ふみを見ているといつもそう思います。
お父さんの慈しみの顔を思い浮かぶと、ホッとします。
お父さんは日本語ができるから、ふみとどんな交流するのかな、人懐こいふみがお父さんに抱きついてる様子など、時々想像したりして、胸が熱くなります。


ふみは、いい子です。うるさい時も多々ありますが、いい子です。
この頃自分でパジャマのズボンを穿いたり、濡れティッシュで一生懸命テーブルを拭いたりします。
そうだ、最近はお箸に興味を持ち、食べものをお箸で食べようと頑張るのです。ほとんどの場合は“刺す”っていう感じだけど、上手に挟んで口に運ぶ場合もありますよ。


「ママ、ふみこと好き?大好き?」と言って、よくチューチューしてくるんです。いい子でしょう。
ちいちゃい手を私の腰に当てて「はい、もう治ったよ」とよく私の腰痛も心配してくれてるの。いい子よね。


私は元気です。
持病の脊髄変形と心臓の具合には依然として煩わせられるところですが、わりとうまく付き合ってますよ。定期的に診てもらってますし、進行はないとお医者さんに言われてますから。
まだ小学校の時、初めての心電図は、お父さんが連れてもらって行ったんですね。
お医者さんが診断を話す時、お父さんは急に私を廊下に出したね。
でも実際その時そばにいたとしても、大人たちの思ったほど、子供の私は何も感じてませんよ。物事の重大さとか。


体はあまり丈夫じゃないほうが長生きしますね。自分の乗っている自転車がボロボロだとわかったら、険しい道は行かないし、常に修理したりするのと同じく。
お父さんは健康そのものだったんですけど、急に逝ってしまったものね。
かといって私は別に長生きを望んでいるわけではないですよ、…なんの話になってるのだろう。


そうだ、今日はおせち料理を食べました。
もちろん私が作ったのではなく、注文して送ってもらったのです。
お父さんはおせち料理を食べたことがあるかどうか、聞いてなかったね。小さい時に食べたことがあるのかもしれません?

3歳になったふみは、もうおせち料理をおいしそうに食べることができてますよ。
小さい盃は知人からの贈り物です。その知人はもう故人になって丸一年になりました。
人生は無常である。
今までアルコールが全くダメな私は(これもお父さん似)、この頃、日本酒を少々頂けるようになりました。
時たま、このきれいな盃で冷酒を啜って、うん、別に何にも考えないけど、センチメンタルになったりすることもなく。



今日は元旦、ここではお正月という。
けど私はいまだに西暦の元旦をお正月と呼ぶのはぴんと来ないです。
ここも昔は農業の国のはず、なのにどうしてもっと暦を大事にしないだろうねって、いつも思います。


かといって私はここに来てから旧暦のお正月を別に祝うこともなく、なんだか気持がちゅうぶらりん状態。
ある先生が私に、生まれ故郷と違う国に馴染むのは、本当の意味で馴染むのは、20年はかかります。と。
私はここにきてもう17年目に入りました、あと3年もすれば、本当になじむのでしょうか。
それとも一生異邦人としてとか、どうでしょうね。


お父さんは、少年時代に生まれ故郷を離れ、その後二度と帰ることをしなかったのは、なぜなのでしょうか。それを聞かないまま、永遠に聞くチャンスがなくなったのね。
私は今その傾向があるのかもしれない。故郷は、心に、昔のままであってほしい。
変わり果てた故郷の姿は、見たくはないや。


なんか長々とつれづれのままに、改めて、
新年、おめでとうございます。
どうか今年も娘のことを見守ってやってください。

かしこ