夢二 ・ 柔道

昨日、帰ってきたふみのほっぺに、浅い傷痕がありました。三本平行の赤い線、これは爪だね。

どうしたの?と聞いたら、最初、答えたくないふみだったが、しぶしぶHちゃんにやられたと教えてくれた。
Hちゃんはとても頭のよい女の子、ずっと前からすべてのひらがなが読めるし、自分の名前もひらがなでかける。図鑑を見て、どんな動物や魚も、すらすらと名前を正確に言える子なんだ。

「えぇぇ、Hちゃん、Hちゃんはそういうことをする子に見えないけどね。ふみ、あなたが何かをさきにしたでしょう、そうでしょう?」
「違うよ、ふみ何もしてない」と否定したすえに、Hちゃんがご飯の時、自分のところに座ってしまって、どいて、どかない、で、喧嘩をしたと話してくれた。

「でもふみは泣かなかったよ」とふみは強がってた。


わかった。口喧嘩に負けて、ふみは手をだした、するとHちゃんも、とのことに違いないわ。
この前、担当の先生からも聞いたけど、女の子はみんな男の子より口が達者で、喧嘩する時は、“だから、なんとかなんとかでしょう”とか、ちゃんと整理のできた言葉で機関銃のように喋りだすが、それに対して男の子は、全然ついていけない、せいぜい“バカ”みたい言葉を言って、あまり追い詰められると、ついつい手を出す、とのパターンが多い、だそうです。


「ふみ、口喧嘩でHちゃんに負けたでしょう、くやしいから手をだした?そう?」
しばらく黙ったふみは、「だから女の子がきらい、うるさい、うるさい!」

はははは、やっぱりね。
「女の子はそういうもんなのよ、これからも、ずっと。口喧嘩は女の子にずっと負けると思う。だからと言って手を出すのは格好悪いじゃないか」
「女の子はうるさい、きらいだ!」
「そうは言ってられないよ、ふみだって将来女の子のお嫁さんをもらうでしょう、きらいとか言ってられないよ」
「お嫁さんいらない、ママと結婚する!」
「そっか、その約束だったもんね。じゃ、ママは年とらないことにするからね、ふみを待ってあげるからね」
(でもママも口うるさいわよ〜女の人はみんな同じよ〜)


「でもふみ、なんでいつも誰かと喧嘩してるの?どうしてS君は誰とも喧嘩しないの?」
S君は、いつもにこにこする細い男の子、とっても優しそうで、癒し系のような、みんなに好かれてる。
ふみは黙る。
「ふみもS君好きでしょう?」
「うん。好き。」
「S君は誰とも喧嘩しないでしょう?」
「うん。しない。でも、S君はいつもママ、ママって泣いてるよ、S君はママがいないと、ションボリになるの」
しょんぼりって。

「だから」とふみは急に声が高くなり、「だから男の子は柔道をやるんだ、女の子に勝ちたいから」

吹き出してしまった。
柔道はこんな動機でやってほしくないね、それに目標がちいちゃっ。
「ふみ、柔道は誰かをやっつけたいとか、そういうためじゃないんだからね」
「でもふみちゃんは勝ちたい、一番になる」
「…。そうか、ふみいつもそういってるね、ふみはそんなに一番になりたいの?」
「うん!」
「そんなに勝ちたい?」
「勝ちたい!一番になりたい!」
「…」

どう答えたらいいか、わからないわたし。
わたしはふみのように勝ちたいとか、一番になりたいとかの気持ちは、あったことがあるのでしょうか。思い出さないぐらい、あまりないんじゃないかな。
向上心ないってことかしら、どっちがいいのかな、
わからないや。答えられないや。

「ふみ、そんなに戦いが好きなら、宮本武蔵を読まないと。宮本武蔵は小次郎と何日も戦うのよ。宮本武蔵も結構いいけど、小次郎も格好いいよ、ちょっと卑怯だけど、お洒落で、華があって素敵よ。ふみに絵本を買わなくちゃ…」

今日は、朝早々出かけて、日本橋三越本店へ、夢二展を観に。

今回の夢二展は、「憧れの欧米への旅」。つまりアメリカに行って、がっかりした夢二はその足でヨーロッパへ、その旅で描いた絵です。帰国して間もなく、夢ニはこの世を去ったという。


あまり観たことのない絵が結構あった。絵の対象は、女性、子供、ユダヤ人など、相変わらず夢二の目はいつも“弱者”へ向く。繊細な夢二だから。

『大正モダンアート 夢二燎爛』という本も買った。何枚かのポストカードと。



ふみは、まあまあおりこうにしてた。手を繋いで一緒に絵を観て、「夢二だ、竹下夢二」と言って、
「竹久、竹久夢二」と一々訂正してあげるわたし。


出てきて地下鉄乗ったら、もう昼頃になった。
「次は日本橋高島屋前」との車内放送を聞いた途端、ふみは、
高島屋、あ、ショウロンポーだ、ママここで降りる、降りよう、ショウロンポー食べたい、食べたい…」
それからふみは、「♪チャッチャッショウロンボー、チャチャショウロンボー」と歌いだした。
ふみのおねだりに負け、というかわたしもお腹がぺこぺこ、絵展を観るのはエネルギーを結構消耗すること、前から感じてた。ふみと日本橋で降りて、高島屋の「鼎泰豊」へ行きました。



黒酢をたっぷりかけて、ふみはショウロンポーやシュウマイをたくさん食べた。


また電車に乗って、新宿の淳久堂書店へ。そこなら、講談社の絵本シリーズの宮本武蔵があるとパパに教えてもらったから。向かいの紀伊国屋書店には置いてないと。


うちに帰って来て、宮本武蔵を読もうと、ふみはなぜか少し怖がってる、「一休さんの買えばよかったのに」と。
一休?DVD買ってあげたんじゃない。ふみは何回も何回も観たんじゃない。

「ママ、今日は柔道に行くの?行かないよね」、武蔵の戦いから、柔道を連想して、ふみまた、くよくよし始まったね。


そうです。今日は、柔道道場の体験の日です。
柔道着をただで貸してくれて、それを着たふみは、なかなか凛々しくて。

いざ始まると、大人も含めてたくさんの生徒の中で、自分が一番小さいんだと気づき、先生の大きい挨拶声、「気をつけ!」とみんな並んでるのに、
ふみはダメになった〜(ToT)/~~~


わたしのところに来て、「いやだ、ママがいい、あっちはいかない、ママがいい」と言って、一生懸命涙を抑えようと、目を大きく開き、まばたきをさせ、なんとか涙が流れてこなかった。
こうじゃないかと思ったよ。いつものパターンだもの。
まあ、ふみはまだ4歳になったばかりだしね。


さっき柔道着を着せて、帯を締めてくれた男の先生が来て、
「すみません」とわたしは言ったら、
「いいのよ、あまり強制しないほうがいい、ここで見てて、本人がやりたくなったら、その時でいい、強制すると、余計にイヤになるだけだから」とやさしく言って下さった。

ふみと、できるだけ近いところで立って、みんなの練習様子をみることにした。

同じ保育園の年長組のR君が走って来て、「行こう、だいじょうぶよ、間違えてもいいから、叱られないよ」とふみの手を繋ごうとしたが、ふみは避けた。
5歳にでもなれば、こんなにしっかりになるのか、いいね。

ふみは、わからないように手で目を押さえた、涙出たのかな。もう、しょうがないね。


見ているうちに、ふみは少しずつ練習する群れに近づいて行った。

そして、少しずつ少しずつ、やがて中へ入った!

まるで監督。

「なにこれ」


「こんな感じかな」(全然違うけどね)

また帯がとれた。

個人指導。


なによりあこがれのSちゃんとなかよくできた。


一番小さいのはふみです。



いろんなトレーニングしてた。
ふみは分けわからないが、みんなを見て、それらしい真似をして、だんだん笑顔も見せた。


ほっとした〜


途中、でんぐり返しが始まった。(しかも頭が床に付けないように)
ふみ、拒否した。先生が教えてくれるというのに、やっぱり駄目だった。

勝手に端っこに行って、そこのマットで遊び始めた。3歳前後の小さい子と(兄弟が柔道をやっていて、お母さんと一緒に待ってる)。
ふみはその子と大喜びでマットの上でずっとジャンプしてた。


他の子は列になって、先生の指導の元に、いろんな技を教わって、練習してる。

ふみはマットでジャンプし、だんだんそれも気が済まないみたいで、場内を走り回り始めた。
大きい子たちはお互い投げ出したりしてるのに。
先生に、危ないから走るなと注意されるが、ふみは全くやめようと思わない。
見ていてわたしは、よほど靴を脱いで畳に上がって止めさせようと思うほど。

ふみは、場内走るのにもだんだん気がすまないみたいで、ロッカの方へ一人走って行った。

チャンスだと、わたしは素早くついて行って、誰もいないロッカーの陰でふみの腕を掴んだ。
「ふみ、今日はなにしに来たのってわかってる?!みんな何をしてるの?ふみ何をしてるの?先生に言われてどうして聞かないの?」
びっくりしたふみは、やっと興奮状態から目覚めたみたいで、
「あの、あの、でんぐりかえしできない、したくない、あの…」
「しなくてもいいって先生も言ったでしょう、だけどちゃんとそこに座って見ないとダメでしょう、走りまわるのは危ないでしょう、早く戻って!」


ふみは戻った、相変わらず勝手にはしゃいでるが、一々ちらちらとわたしのほうをみるようになった。
わたしは無表情にふみを見返す。


隣りの待ってる外国人の女性の保護者がわたしに、「あなたの子供は何歳ですか?」
「4歳です」とわたしは4本の指を立て見せた。
「すごいですね、4歳で2時間練習、普通はできないです」


そうか、ふみはまだ4歳になったばかりのことをついつい忘れてしまって、ふみに幼い面がまだ大いにあると忘れちゃいけないわ。


最後挨拶、ふみはみんな真似でちゃんと正坐してできたのです。


先生がわたしのところに来て、
「なかなかよかったんじゃないですか。これでいいんです。とにかく強制はしないことにしています。そばで見て、やりたい時、本人みずからやり始めるのが一番、だんだんそうなるんですよ。ここの子供たち最初みんなああだから、頑張って下さい」


そうですか。


ふみは柔道の手帳を頂いて、大きい声で「ありがとうございました」とおじきして、道場を出てきました。


この手帳、ふみが眠っても、ずっと手に握ってました。


「明日どこに行こうかな」と、寝る前にふみに聞いたら、
「柔道に行くの」と言うふみ。