保育参観

今日はふみの保育参観。

何日か前から、ふみは、「ママ、保育参観に来てね、ぜったい来てね」と何回も言う。
保護者は、みんな、お務めしているから、保育参観などは任意で、年に一回ぐらいは行かないとな、って思ってる。


ふみに手を引っ張られ、お部屋に入った。
いつもクールなU君がわたしを見て、「今日、保育参観?そうなの?焼きそばを作ってあげる」と言って、玩具のガス台セットの前に立ち、両手にヘラを持って、熟練に焼きそばと思われる、ぐるぐるしてる色鮮やかなプラスチックの玩具を挟み挙げ、またひっくり返す。

「U君、器用だね。将来コックさんになれるんじゃない?U君がコックさんになったら、わたし食べに行くから、U君のお店に」
U君の手は止まった。わたしをしばらくじーっと見てから、
「あのね、俺のおばあちゃんちの近くのお店に、連れてってあげようか?いろんなものあるよ、おいしいよ、お肉も、焼きそばも」
「そう?ありがとう。でもやっぱり将来U君のお店に行きたいな」
U君は黙った。また器用に焼きそばを引っ繰り返す。


「ふみ君のママ、今日のこれも魔法?」そう聞いてくるのはSちゃん。Sちゃんは、いつもわたしのマニュキアのデザインに興味津々、どうやって付けたの?と聞かれる時、いつも「魔法で」と答えてる。

Sちゃんの言葉でU君も近付いた。「ね、なんでいつも魔法をやるの?」
「魔法使いだからしょうがないのよ」
「魔法使えるの?」
「まあね。必要な時はね」
「ね、ほんとう魔法付けてない時の指を見せてよ」U君は注文してきた。
「わかった。今度魔法の休みの日に見せるね」(U君、おそらくないわ、だってわたしはマニュキアが大好きだから)


10時近く、Mちゃんはやっとママに送られてきた。寝坊したはずなのに、「あ〜疲れた、もう限界」と言って、わたしを見かけると、「あれ?ふみ君のママ、今日はなに?保育参観?」と、いかにもさっきまで忙しかった顔をした。
「Mちゃん、上履き履いて。履かないとダメよ、地震来たらケガするじゃない」
「あっついもん」、Mちゃんは上履きを棚の上に置く。
S君が先生のそばにうろうろして、「先生〜いいお天気だからさぁー、外で遊ぼうよ、先生〜お天気が…」と、連絡帳をチェックしてる先生を挫けず説得する。
面白くてS君をずっと見ていたら、S君がわたしの視線に気付き、恥ずかしそうに笑い、自分の棚に走って行って、古いタオルを取り出してその匂いを嗅ぐ。


女の子たちはテーブルの前に座って絵を描いたり、ハサミで紙を切ったり、お喋りしたりする。

ふみはというと、ブロックで作った名称不明の兵器を振り回し、仮想の敵と戦う。
擬声音を発しながら、ふみはヒーローになって戦う、また敵になって倒れる、また“電話”で誰かに勝利を伝える、「まあね、怪獣は、そうだね、3、4匹だね、はい、やっつけたよ、はい、向こうはどうだ」

うちでも最近はこのパターンが多い。戦いはベッドから床へ、床からソファへ、
「ポァーピゥー」など擬声音でツバをいっぱい飛ばす。


子供たちに完全に圧倒された。喋る時も叫んでるような元気すぎる声を聞くだけでヘトヘトになりそう。
小さい椅子に坐って、わたしは隅っこから彼らを眺める。


U君がやって来た。なにをするかと思ったら、わたしの膝に坐って、一緒に部屋を眺め始めた。
ちょっとびっくりした。U君はクールというか、そんなに笑ったりしない子で、まさかわたしの膝に坐ってくるとは。


U君はわたしの膝に坐って、だんだん足を前のテーブルに乗っけて、だんだんと背中もわたしによりかかって、どんどんくつろぐ。
恐る恐るU君の頭を撫でたら、全然無反応、足を揺らす、やっぱりくつろいでるわ、この子。


ふみがやってきて、「なにすんの?俺のママ。おりて!」
U君は、まったく無視、足を気持ちよさそうに揺らす。
「俺のママ、俺のママ」ふみはU君を引っ張ろうとする。
「ふみふみ、いいじゃない、ママ毎日ふみを抱っこしてるでしょう、U君は年に一回しかないでしょう」
ふみは納得しない様子。
「わかったわかった、じゃ、ふみも坐って」
膝の上に、男の子二人載せて、結構重い、でも喧嘩よりは。


U君、終始無言で足を揺らしてリラックスしてる。



「みんなー、自分のグループのところに座って〜」と先生が言いながら、各小さいテーブルに、各グループの標示を置く。
標示は牛乳パックでできたもの、紙を巻いて、上に絵を描いてある。

子供たちはぞろぞろと自分の椅子に座るようになった。
「蟹だっけ、ザリガニだっけ、先生いつも忘れる」
「蟹!」ふみは“蟹”グループだから、赤い蟹が描いてある牛乳パックが置かれた。


グループの名前は子供たち自分で決めたそうだ。


「いい?みんな坐った?D君、ほら坐って、みんなD君だけ待ってるよ」
D君は月齢一番下の子、大きい子からも、自分からも特別扱いしてる。今も各テーブルの間うろちょろ、先生に言われてやっと坐る。


「いい?今日は、いいお天気だから、屋上に行く」
「イエ〜」「やったー」「行く行く」子供たちの歓声は耳が痛くなるほど。


「はいはい。その前に、先生は見せたいものがあるんだけど」先生は細い長方形紙を取り出した。「みなさん自分の凧を作って、屋上で…」「たこあげ」「たこあげ」「イエーー」


先生の言葉で、グループずつ自分の引き出しからクレヨンを取ってくる。
「あれ。K君、先生はクレヨンと言ったよ、油性ペンと言ってないよ、先生喋る時ちゃんと聞いてる?」
K君は同じテーブルの友達の前に置いてるクレヨンの箱を見て、自分の間違いに気付き、走って交換してきた。


「いい?みんな、クレヨンあった?じゃ、今からクレヨンで自分の紙に好きな色で絵を描いてください、なんでもいいから」


ふみは先生の言葉で即赤を取り出し、紙を真っ赤に塗って、「仮面ライダー」と喜ぶ。

同じグループのSちゃんが「ね、ふみ君のママ、お花を描いて」とわたしにクレヨンを渡す。
Sちゃんの紙に黄色いひまわりを描いてあげた。

これも同じグループのU君の紙を見ると、なぜかU君は黒のクレヨンで一本の線しか描かなかった。なんで?珍しい、もっといっぱい色を付ければいいのに。
「U君、なにか描いてあげようか」U君に怒られるかと思ったら、黙って頷いた。
黄緑で四葉のクローバを描いてあげた。
無表情だから、U君はなにを考えたのかわからない。


「みんな、描いた?じゃ次はね、こうやってこの紙を切るのよ」、先生は紙を高く挙げて両側をそれぞれ途中まで切った。

「先生できない、わからない」K君が。
「だいじょうぶ、簡単よ、すぐできる」
「先生、ここ?」、その通りです。
「先生、ぼくのハサミは?」、目の前にあるのです。
「先生、先生、窓に手があるよ」、隣り組の子の手です。


ふみは先生の見本もよく見ないでパチンパチンと両側から紙を裁断した。
「ふみ違うよ」わたしの言葉がまだ終わってないとき、ふみはもう間違いに気付き、
紙をわたしに向かって投げだした。
どうしちゃったの?ふみらしくないわ。
ふみは紙を拾って、さらに投げ出して、そして泣きだした。


ママがせっかく参観に来て、かっこいいところを見せたくて、なのに裏腹に一人だけ、こんな大失敗、ふみは、くやしくてたまらないでしょうね。


「泣かないふみ、泣かない、だいじょうぶだよ、だいじょうぶ、ほらママすぐ直してあげるよ」
「要らない、要らない、もういやだ、もうきらい」ふみの泣きは号泣となった。


「わかったわかった。要らない。ママが要るから、ママ作っていい?」
わたしは残った紙を一回り小さく切り、それから両側から先生の見本のように切った。
「ほら、ふみ、みんなのと同じでしょう」、ふみの泣き声だいぶ小さくなった。
「でしょう?みんなのより少し小さいけど、飛ぶよ」
「いやだ、小さいの要らない!」ふみまた泣きだした。あ〜少し小さいなんか、言わなきゃよかった。


なんとかふみをあやして、泣きやんで、みんなと一緒に並んで一人一人先生に切ったところでセロテープを貼ってもらって、三角の凧完成。さらに糸を貼ってもらって、
靴を履き替えて、屋上へ。


さあー、凧揚げするぞー、よーい、一番下のD君は相変わらずルール無視して自由行動を取ってる。



子供たちの凧はグルグル回りながら、揚がった。
ふみの少し小さめの凧も揚がった、真っ赤な凧。


つぎは鬼ごっこ

走る走る。まぶしい太陽の下で走る。


「ふみ君のママ、帽子ちゃんとかぶってね」
ありがとうNちゃん。


Mちゃんがわたしのそばに来てしゃがんだ。
「どうしたの?Mちゃん」
「もう無理、もう限界、疲れる」
はっはっは、Mちゃん、限界だ限界だとばっかり言うね。

「あれ?S君も遊ばないの?なんで」
「こういうの嫌だ、気持ち悪い」
なるほどね。緊張するの、いやなのねS君は。


遠く、R君の一人ぼーっと立ってる。やっぱり鬼ごっこいやなのか。

ごっこの次は自転車やコンビカー。

人気あるコンビカーは順番っこ。
「J君、T君が遊びたいって、変わってあげて」
「ほかのコンビカーやればいいじゃん」
「そのアンパンマンのがいいって、かわって」
「いやだ」
「10まで数えるね」
「1、2、3…」違う遊びをする子供たちも一緒に数える。
「10!はい、かわって」
「いやだ」
「じゃ、おまけね」
そうしたら子供たちが一斉に、
「♪おまけのおまけの汽車ポッポ、ポーとなったら代わりましょう、ポッポーのポー、かわって」
すると、ほんとうに代わってあげる。

おもしろいおもしろい、「♪おまけのおまけの汽車ポッポー」わたしも一緒に歌う。



「汗かいた、ね、触って」、一人が帽子を脱いで寄って来たら、みんながぞろぞろと来て、「僕の頭も触って、汗かいたよ」「汗かいた」「汗かいた」
たくさん子供のベトベトする頭を触るの、初めて。
あれ?さらさらじゃん、R君だ、R君走ってないもん。「R君も、汗かいたね」と言ったら、喜んだ。


「先生、エレベーターで降りる」「エレベーターエレベーター」「疲れたー」
「エレベーターは赤ちゃん用、みんなはもうばら組でしょう」
「えぇぇぇ〜」

ぞろぞろ、あっという間みんな降りて来た。

「みんな、手を洗ってうがいをしました?」
「した」「したよ」
「H君、うがいは?」
「したよ」
「コップが、ちょーきれいだけど、どういうこと?全然濡れてないよ」
「あ、忘れた。手は洗ったよ」


「今日の給食当番を発表しま〜す」お部屋に戻ったら、もう昼食の時間。
先生はカードを捲って名前を呼ぶ。各グループに一名。
蟹グループはふみだった。


給食当番?全然知らなかった。ふみ、なんにも言ったことがないから。
わたしは興味津々。
ふみは、ほかの呼ばれた子と同じ、素早く花柄の頭巾とエプロンを付ける。


え〜〜〜、かわいくて、おかしくて、おもしろくて、わたしは笑いたい気持ちを一生懸命抑える。


ふみは真面目な顔して、自分のグループのお友達一人一人にスパゲティ、サラダ、果物、お茶、スープを運んだ。ちゃんと運んで、ちゃんと並べた。ちゃんと誰がまだ何が来てないとチェックした。




笑う気分いつの間にかなくなって、わたしはそういうふみを見入った。
へぇ〜ふみもこういう面あるんだ、とっても新鮮でした。


食べ物を全部運んでから、ふみはテーブルの横に立ち、
「それではご一緒に、」「いただきま〜す」
ふみは、ほかの給食当番たちと自分の頭巾とエプロンを外し、籠に入れ、着席、食事を頂く。

わたしは先生と外にでて、樹蔭でお茶を。


「凧を作る時、ふみ君はやっぱりお母さんにいいところ見せたくて、悔しかったんでしょう。普段はああじゃないですよ。わりと慎重なタイプだから、結構聞いてくるのよ、先生こうやって切っていいとか…」
やっぱりね。