西の魔女 北の魔女

「では、行って参ります」
「いってらっしゃい」「いってらっしゃい」
「ふみ、ちゃんと」わたしはふみの頭を押し、ふみは深々とおじきをする。

今朝の玄関です、パパが一泊で関西へ出張。


雪は上がって、屋根以外のは、ほとんど溶けてしまい、残っているのは、寒さだけ。

本当に寒い。この冬以来、わたしは一番寒く感じる日なのかもしれない。


ふみは鼻水がひどい。
「今日の水泳、どうする?」
「う…ん、行きたい、あ、行かないほうがいいかな、ママ決めて」
「どうしようかな」

パソコンを開いて、スイミングスクールのページを立ち上げて、振替ができる日を探す。
ふみは鼻水以外は元気そのもの、水泳しても構わないと思うが、寒さで動揺しているわたし。
希望の日は、ほとんど塞がっている。
予報だと午後からまた雨になる、ふみの水泳は3時、困りますね。
2時のあきがあって、2時のにしました。


暗くなればなるほど冷え込むわきっと。


雨、午後にならないうちに、ぱらぱらと降って来た。
「あ、蛙さんだ!」とふみはこののんびりと勝手口のノブに憩う蛙さんを発見。

寒さを一瞬忘れさせるほどの、温かくいいお顔だ。


ふみは分厚いコートにリュック、その上にレインコート。地面がまだちょっと凍ってるところがあって、二回も滑って。

寒いぃぃ〜、ふみ、そのエネルギーを少しちょうだい〜


今日はレッスンが終わって、チョコが配られた。
嬉しそうなふみは「食べていい?食べていい?バレンタインだからだって」と。

そうか、それなら食べていいわよ。



一時間早くしてよかった、暮れると共に、寒さは思った通りどんどん増してきた。


暖かいおうちの中、ふみと映画「西の魔女が死んだ」を観る。


パパはこの原作の小説を持っている、わたしはまだ読んでいない。
さきに映画を観ちゃいます。


きれいな風景に魅了され、美味しそうな食べ物に魅了され、かわいいお花に長閑な生活に魅了され、
そしてなにより、西の魔女、まいちゃんのおばあちゃんに魅了される。


登校拒否の中学生の女の子まいちゃんが、田舎に住むイギリス人の祖母のうちにしばらくいることに。

まいちゃんはおばあちゃんと一緒に、いちごジャム作ったり、足踏みでシーツを洗ったり、そのシーツをラベンダーの上に干して、ラベンダーの薫りを付かせたり、おばあちゃんの淹れたハーブやお花が入ってるティーをいただいたり。

まいちゃんは、魔女家系のおばあちゃんから、魔女修業をやりたいと言い出す。
おばあちゃんが言うには、魔女の基礎トレーニングは、まず早寝早起き、規則正しい生活。それが正しい心を持つための基本。
まいちゃんは、おばあちゃんが枕もとに置いてくれた玉ねぎで、早く眠りに着くようになった。


ある日、まいちゃんがゲンジさんのうちで見た犬の毛の塊が、おばあちゃんうちの、食べられたニワトリの小屋に残された毛の塊と、同じものだと気付き、走ってうちに戻り、おばあちゃんにそれを伝える。



「いたちの毛も薄茶色ですよ」とおばあちゃんは淡々と言う。


「違う。わたし、絶対あそこの犬の毛だと思う。あそこの犬が夜中に抜け出して、うちのニワトリを襲ったんだ」


「でも、まいはそれを見ているわけではないでしょう」


「見なくてもわかる」


「まい、ちょっとそこへお座りなさい。いいですか。これは魔女修業の一番大事なレッスンの一つです。
魔女は、自分の直観を大事にしなければなりません。
でも、その直観に取りつかれてはなりません。そうなると、それはもう、激しい思い込み、妄想となって、その人自身を支配してしまうんです。
直観は直観として、心のどこかにしまって置きなさい。そのうち、それが真実かどうか分かるときが来るでしょう」


「でも…」


「あまり上等でない多くの魔女が、そうやって、自分自身の作りだした妄想に取りつかれ、自滅していきますよ」


おばあちゃんはまいの両手を持ち、「今、大事なことは、まいの心が、疑惑と憎悪とかいったもので支配されつつあるということなのです」


「わたしは、真相が究明できたときに初めて、この疑惑から解放されると思う」


「そうでしょうか。私はまた新しい恨みや憎しみに支配されるだけだと思いますけれど。そういうエネルギーの働きは、ひどく人を疲れさせる、思いませんか?」


「マイ・ディア」と、おばあちゃんは、ひどい疲労感に襲われるまいちゃんの頬をなでた。



夕飯を食べて、またふみと映画を続けてみる。

ふみは昼寝してないし、水泳もやって、しかも風邪気味。
ふみを説得して、さきにお風呂を入った。出て来て、ふみの要望にさらに続きを観る。


まいちゃんのおばあちゃんが、死んだ。
もう遠い町で暮らす、毎日学校へ行くようになったまいちゃんは、ママと駆け付けてゆく。
雨の中、車を走らせるママは、涙が止まらない。

まいちゃんが、「ママ、知ってる?実はおばあちゃんは…」
「そうよ。おばあちゃんは、本物の魔女よ」



映画が終わって、ふみを寝かす。
「ね、ママは魔法遣い?魔女?」
「ママも修業中の魔女かな」
「ママは西の魔女?」
「ママは北国からだから、北の魔女かな」



北の魔女、立派な魔女になるように、修業します。