そばつゆ

愛用しているボンボンウォッチという腕時計、文字盤のわくのストーンが2個落ちてしまって、頼んで、新しいの嵌めてもらって。

けど、時間が長いと、白いベルトがだいぶ古びて、とうとう裏の蓋が、いつの間に取れて、中身が完全に剥き出してる状態に。


ボンボンウォッチ、とても好き。腕を伸ばして、目に入るたびに、明るい気持ちになれる。


この白のを買うとき、実は紫のにも惹かれて、魅了されてた。


でも、やはり明るいほうがいいかなって、結局、白にしたが。


この際、忘れられない紫の買おう。
そう思うと、すぐにでも腕に付け、すぐにでも手を伸ばすたびに、その奥ゆかしい紫ポンポンウォッチが、わたしに、もたらしてくれる気分を味わいたい。


朝から、梅雨晴れ。

ふみの塾の宿題を監督し、学校の宿題の直し(字が乱暴)、昼近くなって、今日はお蕎麦を食べに行こうと、決めた。


地下鉄駅近くの蕎麦屋、久しぶりに行く。





ふみは海老かき揚げセイロそば、わたしは野菜かき揚げセイロそば。

「なんか麺が変わったね」
「…」ふみはよくわからないみたい。
「前は生麺だけど、今日のはいかにも乾麺でしょう」
「…」


わたしの野菜かきあげは、ふみは食べないが、“天かす”がほしいと。

天かすをお椀に入れ、ふみに差し出す。

が、お椀、飛んだ。

手が滑って、お椀と、中の、天かすを混ぜたつゆが、ふみの席に飛んで行った。


テーブル、座席に、たちまちつゆが広がって、でもそのほとんどが、ふみのズボンに。
よりによって、今日は白っぽいズボン…。


「え"!!どうしよう」汚れたテーブル、まだポタポタと床に垂れるつゆ、ふみのズボンと、紫の腕時計が、一遍に頭に充満し、パニックになるわたし。


ふみを見て見ると、ズボンの上の茶色の立体地図をちょっと見て、なんと、何事もないような顔で、お蕎麦を食べ続けているではありませんか。


平淡な顔で食べるふみは、足の姿勢を少しも動かさず。
動いたら、さらに広がるとわかってるからでしょうか。


ボーッと立つわたしに、ふみは顔をあげて笑った。
「うちに戻ってズボンを換えないとね」と。


その言葉で、わたしはハッと意識が戻ったようで、手早く布巾で始末を。


最後にふみのズボンに、くっ付いたものを払い落とし、蕎麦つゆを何回も何回も布巾を拭き落とし。


やっと一段落で、ほぼ元に戻って。

「うちに戻って着替えしないとね」ふみは、やはりにこにこと。


「うちに戻ったら、ママはもう出て来る気力ないわ。けど紫の腕時計、どんなに楽しみにしてたか、どうしよう…」

「でも、ぼくはこのズボンのままは、ちょっと嫌だ」

「ね〜イヤね。どうしましょう。」

「ちがう日に買えば?」

「もう今日の午後から、自分の腕にその紫の時計が…、って、ずっと楽しみにしてたのよ。今さら、もうやめたくないのよ」

「…」

「ふみ、ごめん、悪いけど、このまま一緒に行ってくれる?デパートの売り場もうママは知ってるから、行ったら、買って、すぐ出て来るから、お願い」

「えぇ〜?このままで?ちょっと嫌だな。…ま、いいや、うん、いいよ」


(T_T)



紫の腕時計、購入。
白の状態を話したら、修理可能。
うれしい。



夕方になって、空また暗くなり。


この時計を見るたびに、たぶんわたし、ずっと、ふみの落ち着いてる格好よさと、優しさを、思い出す。

ふみに学ばなきゃいけないこと、たくさんあるわ。