ワタゲ
この前、ふみと帰る時に、長い坂を下がる途中、向こうから上がって来るYさんに会いました。
70歳前後かしら、Yさん、いつもお洒落でいらして、
その日も、水色の生地に白い花模様のワンピースに、白いパンプス。白髪混じりの髪を高くアップさせ、涼しげで、上品な雰囲気です。
普段のYさんは、もっとカラフルな格好をする場合が多いですけど。
「あら、ふみちゃん、どっかいらしたの?お母さまと、いいわね〜」
「これ、中は、なにが入ってると思う?」
ふみは買ったばかりの虫関係の紙袋をYさんに差し出して、嬉しそうに。
「ま、なんだろ、デパートにいらしたの?じゃー、シャツ?お菓子?」
「教えてあげようか、カブトムシのね、餌の、昆虫ゼリーだよ」
「まー、カブトムシを飼ってるの?」
「そうよ、あとね、鈴虫とね、ザリガニとね、メダカは孵化できなかったけど…」
「そんなに飼ってるの?」
と、Yさんの顔が急に厳しくなり、
「あなた、ダメよ、今ね、日本が危ないの、いろんなウィルスが入ってきてね、たいへんな時代になってるのよ、…」
Yさんは熱く語ったあと、結論は、「日本は滅びる」。
ふみとボーッとその話を聞いているわたしです。
前から薄々気付いて、Yさんはあまりの憂国心により、時々妄想を現実として語るのです。
妄想なので、主語がなかったり、経緯の辻褄が合わなかったり、本人だけそれを気付いていらっしゃらなくて。
「意味がわからない」と素直に伝えると、怒るのです、「あなたわかってないわね〜」と。
その日は、Yさんのお説教対象は、ふみでありました。(わたしをもうお諦めになったのかしら)
「…だってね、この前ね、おばちゃんがうちにいて、急に、開いた窓からね、これぐらい小さい白いものがね、入ってきたのよ」
「白いもの?丸いの?」とふみが。
「う…ん、丸いけど、なんだかフワフワして、…」
「あ〜、それ、綿毛だよ、タンポポの」
「わ、わたげ?ま、わたげのようなウィルスよ、あれは」
「こんぐらいの白いフワフワでしょう?綿毛よ、わ、た、げ」
「わたげのような、今まで見たことのないウィルスよ、サッと入ってきてね、サッとテーブルの下に行って、そのウィルス…」
「だから綿毛だよ」
「いいえ、今の日本はね、危機がね…、もういろんなところから脅かされてるのよ…」
「なんでよ!」
もうわたしは堪えて堪えて、堪えきれず、笑い出しました。
すぐ近くに立ってるわたしがフフフ、ハハハと笑っているのを、二人は全く気付いていないようで、真剣に“論争”中。
「あら、お母さんのここ、蚊に刺されたんじゃない」
と、Yさんがわたしの腕の赤く腫れてるところを指差して、
「こういう時ね、早く舐めてあげないとダメよ、おばちゃん小さい時はみんなそうしてたのよ」
「なんで!その蚊、前は誰を刺したのもわからないしさ、なんで僕が舐めるのよ!? 虫刺されの薬、塗ればいいよ」
「あなた、わかってないね〜、人間のね、ツバがね、一番消毒作用が…、今の時代はね…」
Yさんは、まだお説教中だが、ふみ、急に爽やかな顔になって、優等生のように、大きい声で、
「はい。わかりました」
「そう?やっとわかった?それはよかったわ」
「はい。さよなら」
「失礼します」とわたしは慌てて。
ひゃ〜、子供って、おもしろいね〜、
これ以上ムダだと悟ったんだね。
いささか感心致しているわたしです。
「ママもおかしいよ、なに笑ってるの?」
「おかしいから笑ってるの」
「Yさん、おかしいよ、綿毛なのにさ、見たことのないウィルスだと言ってさ…、なんであんなことを考えるの?」
「日本が滅びるのを心配で心配で、心配し過ぎた、ってところかな」
「滅びる?しないよ」
パパの誕生日の日に、ふみを連れて、ウルトラセブン展を観に行きました。
大喜びのふみです。