飛行船に乗って
雨はほんのパラパラ程度で、降ってるような、降ってないような。
帰ってきたふみは、「途中で体操着と上履きをおとした」と言って、ランドセルを下ろして、そのまま飛び出したのです。
薄暗くなってるので、わたしも慌てて追っかけて行って。
おとしたより、学童に忘れたのでしょう。
ふみは、学童に出る時にたしかに持ったとの一点張り。
案の定、学童クラブからうちまでの5分の道に、体操着や上履きが入ってる手提げなんぞ、なかったです。
そのまま学童まで辿り着いて、手提げは、学童にありました。
うちに戻って、急いで図工で汚れた服を着替えさせと、サックスレッスンへ。
今日は新しい曲の練習を。
軽快なメロディー、タンキングをいっぱい使う曲です。
「サマータイム」をやればいいな〜、サマータイムは、好きな曲です。
ちょっと思う通りにならないところに、ふみは焦りを見せ、
先生は、「だいじょうぶだよ、大人にも難しいんだから、充分よ、上出来上出来」
少しお休み。
「ふみくんって、音楽が好き?」
「はい!」
「いいね、そうだろうね、でないとサックスはやらないよな、ハハハ、普段うちでどんな音楽をきいてる?」
「う…ん」
「ディズニー音楽とか?」
「あ、僕は、ディズニーとか、昔から興味ないです、全然好きにならない」
「あそーお、ハハハ、じゃ、ディズニーランドとかは」
「はい、行ったことがないです、行きたいと思ったこともないです」
「へぇー、いいね、ハハハ、実で言うと、僕もないです。ハハハ、ふみくんはいいな、3年生からサックスをやるなんて、幸せだね」
「先生はいつからでしたか」
「僕は高一かな、うん、その頃だね」
「なんでやろうと思ったんですか」
「そうね〜、僕はとにかく音楽が好きで、とにかく音楽がやりたくて」
「え〜」
「ふみくんは普段はどんな音楽をきいてる?」
「僕はあまり聞いてないけど、ママはいつも聞いてる」
「そう〜、で、お母さんはどんな音楽をきいてる?」
「えっと、飛行船…」
「飛行船?」
「えっと、飛行船に乗って、えっと、飛行船に乗ってあっちこちに行ってる時のような…」
「ほ〜」先生はわたしのほうを見る。
「あ、アコーデオンです」とわたしは。
「あ〜、アコーデオンですか」
ふみが、「あとは、外国の歌は、ずっと聞いてるの」
「ほ−、外国の歌…」先生はわたしのほうを見る。
「あ、少し古いですけど、ビング・クロスビーとか…」
「ビング・クロスビー!? それは、少し古いではなくて、かなり古いですね、ハハハ」
かなり古い、ですね。確かに。
レッスン終わり、廊下でサックスの手入れをするふみ。
帰り道に、
「ふみ、アコーデオンを、飛行船に乗ってあっちこちに行ってる時のような音楽を言うのは、面白いですね、なんで?」
「ママが言ってた、以前」
ほんとうかな、まったく記憶にないですが。
「バンット」とふみが、
「なに?そのパンットって」
「転校生の名前、新しい転校生がきたんだ」
「転校生?へぇ〜、どこの国から?」
「ドイツ」
「じゃ、サッカー強いかもね」
「ハハハ、うそ、転校生なんか来てないよ」
なんなのよ。
「あなた」とご近所のおばあちゃんが立ち止まって、
「はい?」
「あなたは日舞をやってますでしょう?」
に、にちぶ、なんて、やっておりませんよ、社交ダンスなら昔は少々。
もちろん言わないよ。