中華屋さんの出来事

新宿御苑からの帰り、ふみがメンメン(麺類)を食べたいというので、少し歩いて新宿二丁目の中華料理店X園X館に入りました。
ここは前にも来たことがありまして、看板通りの北京料理の風味をよく出してるじゃないかなって、懐かしく思いました。

干し豆腐の千切りの和え物とタン麺を頼みました。

干し豆腐の千切りは、日本でも食べられると思わなかったですね、久し振りに再会した時、ちょっと感動さえ覚えました。
ふみは相変わらず食わず嫌いです。どういう基準で判断しているのか全く掴めないです。とにかく「ダメ、イヤ」と言ったら、もうなにが何でも口にはしません。

でも今日は私は譲歩しないです。私の大事な大事な干し豆腐の千切りですよ、食べもしないでイヤな顔をされたら、たまるもんですか。
「ちょっとだけ、ほら、騙されたと思って、少し」
ふみは顔を横に向けました。
いやいや、簡単には諦めないわよ。
「じゃ、匂いをかいでみてよ、美味しそうな匂いでしょう」
「いやぁだ!」

ソフトがムリなら、ハードで行こう。

「ふみ!食べないと後悔するぞっ、ママ全部食べちゃうよ!」
「ママ食べて」とふみは救いの光が見えたように素早く返事。

う〜ん、私は諦めない。私だって年に一回や二回、執着心が芽生える時があります。

「ふみ、食べないと、次のメンメンもないわよ。メンメン食べたいでしょう、メンメンおいしいよ〜ほら、これをちょっと食べたら、もうメンメン食べられるから。」
ふみは私を睨む。
私はちょっと卑怯かな…。
「そうだふみ、これだってメンメンだよ、豆腐のメンメン、本当本当」

ふみは妥協しました。目を半分つぶって口を小さく開けてくれました。

私は急いで三本ぐらい干し豆腐の千切りを入れました。
ふみは目をつぶったままゆっくりとかじって、しばらくして、笑顔を見せ、
「おいしい」と小さい声で言いました。

嬉しかったです。
「でしょう。おいしいに決まってるわよ。ふみ、どうしていつもママの言うこと信用してくれないの?…あ、ふみはもうメンメン食べなさい。これはママの、ママが食べるから」
私って、やっぱりちょっと卑怯かしら。



北京料理なんですけど、マスターの中年男はなぜか台湾訛りです。
隣のテーブルのお客さんの男性3人も、台湾訛りの中国語で大声でじゃべってます。

「マスター、マスター、これ、牛肉?鴨って言ったね」
「鴨鴨、牛じゃないですよ。食べればわかるでしょう」
「すぐ鴨だと分からなかったから聞いてるんじゃない。俺、お寺で願いことした時、一年間、牛肉絶つことを誓ったからね、牛肉だったら困ると思って確認したんだよ」

向かいに座った男が、
「マスターが鴨と言ったから、鴨に間違いないよ、マスターが鴨だと言ったからね、信じよう、ははは」


お昼の時間ですから、客もどんどん入ってきて、なのになぜか従業員の食事時間でもあります。

ウェイトレスの女性2人と厨房から出てきた男性2人、4人が私とふみの近くのテーブルで食事を始めたのです。
炒め料理もあり、スープもあり、わりと豪華なテーブルです。

マスターは4人のテーブルの前に立ちました。
「あのね、何回言ったらわかるんだ、俺、びっくりしたよ。俺だってね、世界のいろんな国行ったよ、おまえらのサービス精神の低さは見たことない。」
お客さんが入ってきました。マスターの台湾訛りの中国語が一瞬に流暢な日本語に切り替わり、
「いっらしゃいませー、28人の同窓会の方ですか?では2階へ…違いますか?はい、こちらへどうぞ」
マスターはもう一人ボーッと立ってるウェイターらしき男性に向かって、顎で指示をだす、その男性ようやくこの世に戻ってきたかのように、「あ、あ、お、お」とおしぼりを運んでいきます。


「あのね…、なんでしだっけ」マスターの視線は4人のテーブルに戻る、4人は全く無反応無表情で食べ続けてます、たまにお互いにお料理をよそったりしてます。
「あ、そうだ、俺、びっくりしたよ。伝票を伝票。たいてい伝票というのは、テーブルに静かに置くもんだよ、いいか?おまえらは?投げ出したんじゃないか。びっくりしたよ」


4人の中の女性一人がその時白目を見せ、中国本土の北方訛りで
「投げ出したりしないよ、滑らしたの、伝票を」と言いました。
「滑らした?!あのね、うちのテーブル滑るか?滑らしたって、よく言うよ。まあまあ、いい。たとえ、このテーブルが滑るにしても、お客さんに伝票を滑らせて出す店、この世にあるか?俺だって世界のいろんな国に行ったよ。
いっらしゃいませー、28人の同窓会の方ですか?では2階へ…違いますか?はい、こちらへどうぞ。
…あのね、大陸だって、あなたたちの大陸だってね、もうこんなサービスの店ないぞ、今は競争の時代だから。いっらしゃいませー」


4人はマスターがそばに立ってても立ってなくても、同じく食べるのに専念してるだけです。


厨房から蒸籠(せいろ)のシュウマイを渡されたマスターは、4人の中のウェイトレスらしき女性2人に
「シュウマイ、何番テーブル?」と声低く聞いたのです。
若い女性が片手にスープのお椀を持ったまま、片手でお箸を伸ばして入口あたりのテーブルを指したのです。


しばらくしてマスターは、また4人のテーブルに戻る。
「無表情で不機嫌、これがクールだの個性だのと思ってるかい?大間違いだよ、女だから、常に優しく微笑んでないと。俺は大陸の女が一番イヤなところは、上品さがたりないのと、女らしくないところだよ…」


マスターの話題はどんどん広がって行って、4人の顔に相変わらず反抗もなく従順もなく、何事もないように食事は進んでます。


ふみと店を出ようとした時、また2、3人のお客さんが入ってきて、中からマスターの声。
「いっらしゃいませー、28人の同窓会の方ですか?はい、お待ちしておりました。では2階へどうぞ」