餃子

おばさん(母の実姉)一家はすぐ近所に住んでいました。
どちらかがおいしいものを作った時、あるいはお醤油や葱など買い物が間に合わない時、よく一番下の私と従兄は、それぞれお使いとして相手のうちに行かせます。


ある日曜日の昼、窓から愉快な口笛が聞こえると、「剛ちゃんだ」と、姉と私はほぼ同時に言いました。
窓からは、いろんな口笛や歌声が聞こえてくるけど、従兄の口笛は格別でした。なめらかで響きがよく、メロディは流行歌ではなく、「雨に歌えば」などの名曲がお気に入りのようです。
口笛が止まり、玄関の扉が開き、真冬なのにスリッパの姿で、案の定、従兄が入ってきました。

「おばさん、今日は咳あまりしませんね」
従兄は手に持っているお皿をテーブルに置いて、母親に挨拶をする。
「こんな寒いのに、いくら近所でも、スリッパじゃ風邪ひくわよ」喘息気味で年中咳込んでいる母親には、風邪もこわいことです。
「剛ちゃん、お母さんの風邪は治ったの?」

「風邪?うちのお母さん風邪ひいたんですか?へ〜知らなかった」
「まったくしょうがない子だね」母は笑って台所に入った。


従兄は物真似がとても上手で、
人のしゃべり方や、仕草などの特徴をよく掴めるのです。
真似する時は、それらを基に、さらに何倍か大袈裟にして見せます。おかしくておもしろくて、見ている姉と私はいつも大笑いしてお腹がヨジレそう。
塩入りミルクティを飲みながら、三人の笑いが止まらない時、母親が入ってきたのです。
「剛ちゃん、なにかもらいに来たんじゃないの?お皿、置いてるけど、調味料とか?そしたらお母さんは待ってるんじゃないの?」

「いいえいいえ、だいじょうぶです。もらいに来たんじゃないんです。う〜ん、届けに来たんだから」
「届けに?なにを?」
母も姉も私も視線をテーブルに置いてる空っぽのお皿へ向けました。

「餃子。水餃子。今回のは、なかなかうまい」従兄はミルクティを飲み干した。
「…」
どうみても空っぽにしか…。

「その、餃子は?」私は我慢できず聞きました。
…念のため、そのお皿を持ち上げ裏も見てみる。

「餃子?へへへ。外。へへ」
従兄は言いながら、もう一杯ミルクティを入れた。

姉と私は不可解で言葉もでなかったが、母は、もう何かがわかったみたいで、笑っていた。

つまり、今日はおばさんはとてもできのいい水餃子を作った。うちにもわけようと、従兄に届けに行かせた。
うちの外で従兄は足を滑らせ転びそうになり、なんとかバランスを取り戻し、お皿は無事でしたけど、中の餃子は全部皿から飛び出した。とのことでした。

笑い声の中、私は走って外にでた。
路面に、確かにありました。
餃子たちは寄り添って、異様な白さで固まってます。
こんなに凍ってる地面だもの、スリッパなんか履くから。
ああ、おばさんの餃子、食べたかったのにな。