カナカナカナ

ふみは片手で鼻をつまんで、
「まもなく、信号が変わりまし、無理な横断は…」
ーー郵便局前の横断歩道のナレーションのモノマネ。そっくり。


今朝、保育園へとふみと出かける時、何か作業をしてる“おじしゃん”に気を取られ、ふみは転びそうになった。その場ではなんともなかったのですが、ちょっと過ぎたら急に泣き出して、「抱っこ抱っこ」と。
抱き上げて、「ふみどうした?痛いの?」
「はじかしい」と、しくしくして、ふみ悔しそうだった。


機嫌を直すために
「ふみ、今日は電車をやめて、地下鉄にしようか」
「うん!」案の定ふみは機嫌が直った。


登園の時間帯は、ちょうど通勤ラッシュで、電車も地下鉄も混むのだ。
最初のころ、ふみは多少緊張してる様子でしたが、今はすっかり慣れて、正装のサラリーマンやOLの中で、「間に合ってよかったね」とかの適当なおしゃべりをしながら、熟練した手付きでSuicaを改札にあて、素早く通るのだ。


保育園に着き、まず道端の小さい池に暮らしてるメダカたちにご挨拶。
玄関でふみは自分で靴を脱いで、靴箱の自分の場所に入れ、小走りに自分の組へ走る。


プールの季節なので、体温を測って、プールの用紙の欄に、親の意見として、可か不可を付ける。
ふみはプールにあまり積極的じゃない。最近になって、ただの水遊びも拒否し続けているそうだ。
先生たちにいくら誘われても、「部屋であそぶの。プールはイヤ!入らない!」だそうだ。


理由は、顔に水にかけられるのが、異様に嫌なの。
確かに、ふみは、いまだに毎晩のお風呂も、念いりに
「シャワーやらないで、ゴロンして、ガージェでやって」との切実なお願いを繰り返すのだ。
そうなんだ、ふみはシャワーがとても苦手で、特に頭や顔へのシャワー、ちょっとでもかけられると、泣き出すのだ。だから今でも髪を洗う時、仰向けになって、ガーゼで流すのだ。


水が苦手、大げさに言えば恐怖、なぜでしょう、やっぱり大陸の血が流れてるせいでしょうかね。
私もどこか水への怖さを感じる。シャワーは平気だけど。


ふみと別れ、再び人混みに戻る。
信号を待っていた、たくさんの人が一斉に歩き出す。

耳にイヤホンをさし、好きな歌や音楽を聴いていると、いつもと同じ風景でも、違って見えてくる。


日差しが、まだジリジリしているうちに、またふみをお迎えに。
監視カメラに顔を近付け、インターホンからの「おかえりなさい」という声と同時に、庭の重い扉が開く。

 
ふみの組の前に、Uちゃんが両手でなにかを大事そうに掬って、
「ふみ君のママ、みてぇ」
なんだろう…あ″!昆虫じゃないか!正確に言うと、昆虫の殻。ちょっとぉ〜〜

「Uちゃん!ダメじゃない、セミの脱殻、割れてるじゃない、大事にしないと」と先生が。


セミか、初めて見るわ、でもやっぱり楽しめないわ。
「ね、みてぇみてぇ」Uちゃんが両腕をまっすぐに伸ばして、その虚しい姿がもう目の前に来てる。
「Uちゃん、わかったわかった、すごいね」と言いながら、私は少しずつ後ずさりする。


いつかふみもこうやって何か正体不明なものを目の前に披露するのかと思うと…。


ふみと手を繋いで帰り道。
ふみは
「せみは、しーしーしーと鳴いてたね。」
「そうか、ししし、うん、そんな感じだね」


しばらく歩くと、
「ママ、しーしーしじゃなくて、ふみんーふみんーふみんと鳴いてるね」
「はははは、ふみふみふみとは鳴いてないよ。ミンミンミンとは鳴いてるけど。ミンミン蝉というのよ」
「みんみんぜみ、ふみふみふみ〜〜あ৲」
うん、確かにミンミン蝉は、最後に必ずとてもやる気のない声を出すね。




ティッシュを配るお姉さんに、ふみは手を伸ばして、ティッシュをもらって、喜んでた。
そのティッシュを看板などのいろんなところに当てて、「ピッ、ピッ、ピッ」と言いながら。Suicaのつもりかな、同じサイズだから。
今度はお店の前に立ってる旗を揺らして
「♪屋根より高い〜」
ふみふみ、鯉のぼりじゃないんだから。


ところで都会では、カナカナカナというヒグラシの鳴き声が聞こえないね。
あの、もの悲しそうなカナカナカナ。