鬼怒川温泉♨
月曜朝起きてから、ふみの話はもう「スペーシア」「鬼怒川温泉」から離れないのだった。
あまり興奮するとよくないから、できるだけその話題を避けようとした。
玄関に置いてる、旅行の時いつも使うキャスター付きのカバンを見て、
「今日ママがガラガラを押して、パパはふみちゃんを抱っこ」と役割を分配してる。
パパといる時、ふみは抱っこを求めてばかりで、ほとんど歩こうとしないんだ。
昼間パパと一緒にいる時間は、どちらかというとやっぱり少ないから、できるだけ密着したい、甘えたいんだ。
今回はいつもと違って、出発が13時なので、だいぶ余裕がある。
小さいノートに書いてる旅行の支度リストを見ながら、荷造りはあっという間にできた。
そのリストに、ふみの欄に、エプロン(食事用)とか、よだれかけなどのものも書いてあった。そんな時代もあったなと思いながら、書き直した。
ふみの指示通り、私がキャスター付きカバンを押し、パパはふみを抱っこして、出かけた。
2、3年前から、東武鉄道が新宿からも乗れるようになった。これは便利。
ふみはパパの膝の上に乗って外をじっと見てた。
いろんな発見を中継して、明らかに眠くなってもまだ頑張って寝ないようにしてた。
「ふみ?横になろう」とパパはうとうとしてるふみに言うと、
「ふみちゃん、また起きたね」とふみは目を開けてやっぱり頑張ってる。
やがて、すごいボリュームの車内放送にも少しも反応せずに眠ってしまった。
一時間ぐらい経ったら、ふみ急にコロンと起き上がって、
「ふみちゃん、ちょっとだけ眠ったね」と、ほっぺも耳も赤く、まだ眠い目を一生懸命開きながら言った。
そんなに眠るの、もったいないのかい?ふみ。(^^)
鬼怒川が近づいてきた。遠い山のてっぺんに少し雪が積もってる。
パパはトイレ行こうとふみを誘ったが、ふみはなぜか怖がって出来なかった。
「こわい。ふみちゃん温泉に着いたらトイレ行くの、電車のトイレも駅のトイレもしない!」と涙までにじませていた。
何がこわいのだろう。
鬼怒川温泉駅に着いた。
ふみ、素直にトイレも行った。
駅前の、ちょっとだけの“噴水”も見逃さないで、走って見に行った。本当に流れている水が好きだね。
鬼怒川は寒いが、思ったほどではなかった。道端の残雪をふみ喜んで踏む。
手打ち蕎麦屋が何軒もあって目立つ。
三人とも大のそば好きで(ふみすら温かいかけ蕎麦より、せいろがいい)これは入らざるを得ないわ。
何年か前に鬼怒川温泉に二泊で来て、とてもおいしいお蕎麦と出会い、なかなか忘れることできないことだった。
一軒目はまだ正月休みなのか完全に閉まってた。
そのお向かいのお店の扉をガラガラと開く(開いてる!)、「すみません、今日もう終わりました」と、お店の小さいおばあちゃんが。
ガクッ(*´Д`)=з
泊まる宿は送迎バスがないんだ。
それもそのはず、歩いても五分かからなかった。
わりと柔らかい泉質です。
しかし私はやっぱりいわゆる湯当たりしやすいほうね、相変わらず。
温泉に入ると、よくふらふらしたり、顔が浮腫んだりする。
今回はそれほどひどくはないけど、でも最初の入浴はやっぱりだるくなった。
だから私は専ら露天風呂に行く。
露天風呂から見える限りのある空に、黒い細い枝がいっぱい幾何図案を描いている。
枯れ葉が二、三枚浮かんでる。
隣の殿方の露天風呂から、ふみの声が聞こえてきた。
大声で咳払いをしてみた。
するとふみの声で、
「ママ!」
「ふみちゃん!」
「はははは、ママ!」
「ふみ!…もう上がるよ〜」
ふみは至って元気。
元気過ぎ。
部屋は洋室と和室が一つになっている。洋室のほうはベッドが2つ並んで、間が結構開いてる。ふみはその開いてる“谷”を、こっちのベッドから飛び越えてる。
四つん這いの姿勢で、森で枝の間を飛び渡るモモンガのつもりかしらね。
夕飯は大宴会場で、ふみは、はしゃぎっぱなし、椅子から降りて、裸足のままテーブルを回ってうろちょろ、やがて椅子に乗ったままに倒れて、へへと笑っておとなしくなった。
ほかのテーブルのお客さんに迷惑かと心配で、早くご馳走さまにした。
転んだのはこれだけじゃなかった。
浴衣を着て、スリッパを履いて、大浴場に行く廊下で、ふみは、さきに走って、振り向いて、
「パパ、ママ、おいでおいで」と飛び切りの笑顔で後ろを歩いてる私たちに手招きをする。
「ふみ走らない、スリッパだから転ぶよ」と言った途端、ふみは転んだ。
でもすぐ立ち上がって、またさきに走って、振り向いて「おいでおいで」と手招きをするふみであった。
寝る時ふみはコロコロしたり、しゃべったり、どうせ今日もうやることがないから、とことん付き合えるわ。
そうだ、中国語の特訓しないと。
ふみはいつものようにふさげながらも、いくつの言葉が覚えてた。発音も少しずつよくなってきた。
「こんにちはは?」
「イ尓好」
「さようならは?」
「再見」
「じゃ、モンゴル語のさようならは?」
「…」
(^_^;)
「ふみちゃん、おはよー」
「もう日本語しゃべれましぇん〜」とふみは目がつぶったまま言った。
「え〜?じゃ何語しゃべれるの?」
「もうどんな言葉もしゃべれましぇん〜」
はははは( ̄〇 ̄;) “特訓”後遺症か。
宿の食事もまあまあよかった。
特に朝食がバイキングになっているのは、私は嬉しい。
私は朝食はコーヒーがいいんです。バイキングじゃないと旅館の朝食はどうしても和食になっちゃいますから、朝からお魚、おつけもの、お味噌汁、煮物、どれも塩味ばかりで、重く感じて仕方がない。
コーヒー、ヨ―グルト、果物、すっきりした気分。
パパとふみは、ご飯、のり、玉子焼き、お味噌汁、焼き魚などの和食を。ふみは玉子焼きが大好き。
宿を後にした。
泊まったホテルの隣の宿は、廃業してる。
町全体もどこかが寂れてる感じがするのは気のせいでしょうか。
たまにあるキラキラの電気看板が、かつての繁栄を覗わせる?
「ふみ、おりこうにしないと鬼怒太君が来るよ」
うん、当分これが使えるわ(^_-)
帰りの車両、やたら暑い。30℃ぐらいあるんじゃないかと思う。さすが昭和に作られた「きぬがわ4号」だいぶ古くなったかな、それとも温泉に入った私たちの体がポカポカしているせいかな。
ふみも真っ赤なほっぺをしてたので、服を脱がせてあげた。下着の半袖Tシャツのふみは、ホッとしたようす。
やっぱり暑い。車両の先頭の空いてる席に移った。ドアの開き閉めのたびに、涼風が流れて来る。
ふみはパパの腕で眠った。
そろそろ新宿駅という時、ふみに、脱いだ服を一枚一枚着せた。靴下も靴も。
新宿南口に出て、タクシーを拾い、うちに着いた。
ベッドにおろされた途端、ふみ目覚めた。
目覚めた途端、ふみは目を丸くして、
「スペーシア?さっきまで電車の中なのに、どういうこと?!」
さあ、どういうことでしょうね。