鬼怒太君に

夕飯のあと片づけをして、窓から覗くと、大きな月が、遠い向こうのおうちの屋根にでも降りてきてるかと思うほど、低くて近くて、思わずふみとパパを呼んだ。
すごいなぁ、月、いつもこんなふうに、静かに、太陽のような激しいところもなく、海のように荒い時もない。仰げば、空に静かに微笑む。
“欲はなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている”−−宮沢賢治がおっしゃてるのは、月のことかしら。


この何日間、よく異様に寒気がする。風邪ひきそうな感じ。

午前、そのせいか、出かける気にならなく、薬を飲んで、横になった。
遊んでるふみもベッドに上がってきた。
「ふみ、遊んでて、ママちょっと休んでから、出かけようね」
「ふみちゃんも。ふみちゃんも寝るの。」
「どうしたの?ふみ、具合悪いの?」
「具合悪くないよ。えっとね、ふみちゃん恋しちゃったの」
「あはははは、恋?恋をしたの?ふみちゃんが?あれ、すてき。誰に?」
「えっとね、鬼怒太君に」
「鬼怒太君?!」なんだよ、めちゃくちゃじゃない。「そう、どこで?」
「鬼怒川で」
「そうか。そうよね。鬼怒川でしか会ってないもんね。あ、そうだ、鬼怒太君が来るよ。ふみに会いに、どこだ?僕に恋をしちゃった子、うれしいな、会いたいなって」
「イヤだ、来ないで、こわい!」

……
しかしふみはどこで恋しちゃったなどという言葉を覚えたのでしょう。
うちでは、教育テレビの子供番組しか見せてないけど。保育園だろうね。
この前、「♪羞恥心、羞恥心、俺たちは〜」と嬉しそうに歌ってたし、少し前では、「そんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!」と言って片足で地面を踏んでた。(時々“そんなの時間ねぇ”となったりするけど)。



この調子じゃ休めるわけないから、ふみと出かけた。
風がないから、日向はまあまあ暖かい。



この“聴く”というタイトルの彫刻を見て、ふみは、
「この人、足湯してるね。ふみちゃんも足湯大好き」

足湯ね、なるほど。そう言われると、そうしか見えなくなった。
熱海の駅前とか、ふみはパパとさんざん足湯に入ってたもんね。


花屋の巨大な唐辛子。



この葉っぱたち、赤い色のまま、枯れてしまったのね。






今、恋をしちゃったふみは眠ってる。
鬼怒太君はきっと複雑な心境だよぉ、ふふふふ。