チョキンチョキン

ふみの髪、ちょっと伸びてきた。

後ろや耳の上のはまだいいけど、てっぺんのが長くて、朝なんかには、時々ものすごく跳ねた髪型で登園することになる。鉄腕アトム風だったり、あしたのジョー風だったり。


ソファーで仰向きになって憩う、ふみの貴重な静止時間に、ハサミを取り出して、
「ふみ、そのままでいいから、動かないで、髪をチョキンチョキンするね、ちょっとだけ」
「今?ふみちゃんこのままでいいの?」とふみは普通に答えた。


あれ?いいんだ。
ダメ元で言ってみたようなものだから、心地よく返した思わぬ言葉に、非常に恐れ入るあたしであった。


ふみの仰向きの頭を半分ほど乗り出すようにして、その下に手早く新聞紙を敷く。
小走りに櫛を取って来て、チョキンチョキン、ふみのテッペンの髪を切る。


いつ考えをひっくり返すかわからないから、びくびくしながら作業を続ける。

平淡な表情のふみは、しばらく黙ってから、
「ママ、ふみちゃん、この髪の音が好き」と言いだした。


えっ?この髪を切る時の音が?へ〜え、この音さえなけりゃと思って緊張してたのに。
母親ながら、わが子のことをわからないや。


というわけで、無事に作業完了。ありがたしありがたし。



今日は祭日。ふみは大好きな保育園が休みなのを少々残念がってるようだ。
保育園が好きだもんね。思う存分ジャンプできるし、お友達はたくさんいるし、先生だって、食事の支度や、お掃除などもないから、ずっと遊び相手をしてくれるしね。


ジャンプと言えば、ふみのジャンプは昨日あたりから、横向きジャンプという新しいパターンになってる。
アフリカ大地かどこかにいる、立って横に向かってジャンプする猿(猿だっけ?)のように、まあ、あっちは集団でジャンプだけどね。


午前、バス停までふみはずっと横ジャンプだった。寒さ対策には確実になってるでしょうね。


新宿西口のちょっと入るところで、若い女性に呼びとめた。
「…、あの、あの、お忙しいところ、す、すみません。写真、撮ってもらえますか?」
「は、い」
全然いいけど、けど、ここ、なにを撮るの?路地でゴジャゴジャしてるだけだけどね。


「いいんですか?どうもありがとうございました。あの、ここ、これを入るように、お願いします」
女性は、地下へゆく階段のガラスドアを指さす。
よく見たら、お笑いコンビ、アンガールズのライブらしきポスターがあった。


アンガールズのファンの方なんだ。
おやすい御用だわ。
「はい。これをいれればいいんですね、全身を入れたほうがいいんでしょうか…」


写真愛好家(自称)の私を頼んだのは正解ですよ貴女は。
念入りに角度を選択、ポスターの前のガラスの反射を避け、シャッターを押す。
画面の中の彼女は、緊張と興奮を抑えての燦然とする笑顔をしてた。


一枚じゃまだまだ私の能力を発揮し切れていないわ。
「こちら、中のお花とその上の知らせも入れてもう一枚撮りましょうか」
「え?いいんですか?すみません〜」

いいとも。つまらなさそうに傍に立ってるふみがいなければ、あと何枚でも撮ってあげるわ(めいわくだって?)



昼寝から起きたふみは、ずっとヘルメットを被って、駐輪違反の自転車を撤収する“おじしゃん”になりきって、自転車を降ろしたりするごっこやってる。
連絡帳によると、ふみは、遊び場の隣の駐輪違反の自転車の置場に、自転車を運んでくるたびに、おじさんに話をかけにいくんだそうだ。


それを読んでふみに、「おじさんになにを言ったの?」と聞いた。
「なんで自転車運んでるの?と聞いて、おじしゃんは、今日は自転車運ぶ日だよというの」、だって。


ずっとヘルメットを被って、ほほが赤くなってきてるふみを見て、
「ね、おじしゃん、麦茶飲みませんか?」
「あ、いいでし。運転席にお茶がありますから」と、なかなか遠慮深いおじしゃんであった。