小石川後楽園

「ママ、また寅さんところ行こう」
「わかった。いつかね」
「今日行こうよ」
今朝ふみちゃんが起きてからこの会話はずっと繰り返してた。


今日また柴又とは、ちょっと難しいね。行くの一時間もかかるし、なにしろ乗り換えが4、5回とはね。


「ね、ふみ、今日は小石川後楽園に行こうよ、電車で三つ駅ぐらいで着くんだから」
「なにあるの?」
「う…ん、ふみちゃんの大好きな池があるよ、鯉とか、亀さんとか、鴨もいるよ」
「行く!」


ふみは自分で靴下と靴を履いて、帽子をかぶった。
玄関で立つふみの靴のマジックテープをつけ直したり“点検”したあと、
「ふみちゃん、かわいい」と言ったら、
「ママ、かっこいいと言ってくれないかな、ふみちゃんもうお兄ちゃんだから」とふみは一言。

あははは、そっか、もうふみはかわいいより、かっこいいって言ってほしいんだ。
ママはやっぱりふみのことが、かっこいいより、かわいいけどね。


駅から長い歩道橋を歩いてまた降りて、小石川後楽園に着いた。
ふみまた販売機で買う水を買ってと言って、ビタミンのお水を買ってあげた。喜んだふみは、ずっとそれを持って歩いてた。
自動販売機から水を買うーーこれはふみの最近はまったことなんだ。なにがおもしろいのかさっぱり。



庭園の入口に東京ドームの屋根が見える




や〜新緑がまぶしいね〜



ちょっと歩いたら、もう浅い池があった。




「鯉だぁ!」と興奮したふみ、本当に水とお魚が大好きだね。
「ママ、鯉の餌、買って来ればよかったね」と残念そうなふみに、近くいる男性の方が、「ぼく、いいよ、あげるから」と、麩をいくつかくれた。男性は鯉に麩をあげてる。

ありがたい。
「ふみちゃんお礼は?」と私は小さい声でふみに言ったら、
気持ちは、もう麩をどうやって割って鯉にあげるかということに行ってるふみは、やっと気づいたみたいで、「ありがとうございまし」と。



「池まだたくさんあるから、餌少し残さないと」とわたしが言ったら、
「はい!」と、ふみはすなおに残った麩を握りしめ、また歩き出した。


緑の向こうの赤い橋に惹かれる。



細い坂道を訪ねる。


舞台のライトに照らされてるような場所。



光の中に、ふみは腰をおろした。
手の中の鯉の餌を大事そうに見つめる。
とっても静かな一時。


隣のアリの巣が気になる。



赤い橋、きれいね〜



橋は結構急な角度。



下は渓流が流れてる。




「あ、池だ」とふみが。
「あ、松だ」とわたしが。



池の鯉たちに、ご夫婦らしきカップルが餌をやっている。



すぐ近くは「白糸の滝」




滝を見て興奮するふみ、わけのわからない“体操”を披露。



でもすぐ静かになった。滝の力だろうね。へへへ




点々と置かれた飛び石を渡って、清流の向こうへ。怖いけど、ふみを自分で渡らせるのも心配だから、ふみを抱っこして渡った。

こういうのわたしの大の苦手でござる。
水を見るのが大好き、が、触れるのは大の苦手。

渡る途中、もう、苦しみそのものだった。リアルに。目まいを起こしそうな。
ふみそれを察したようで、
「ママ、だいじょうぶよ」
「動かないで、喋らないで」と言いながら、父だなって一瞬思った。
不器用な父は、自転車の後ろに子供を載せる時は、いつも私たちが息を殺さなきゃいけない雰囲気で、わたしはとってもイヤだったけどね。


とても長く感じたこの“橋”を渡って、対岸の人が「こわかったでしょう」と声を掛けてくれた。
「はい。後悔して…」とわたしは相手の顔を見る余裕もなく、なぜかハアハアしてしまった。走ってもないのに。

水はやっぱり見るだけがいいわ。



ここにも池が


ここは面白いできことがあったの。

餌をやったら、巨大な黒い鯉がいっぱい寄って来て、その中に急速に寄ってくる一匹の亀がいた。
池の水際まできて、どう見ても上に上がろうとしている。
「がんばれがんばれ」とわたしは亀の目的を知らないけど応援をした。

けどその亀は、首も伸ばし、二本の前足も上に向かって空振りする。
こんな亀の姿はあまり見たことないから、なんなんだろうと思った。
そうだ、よほどお腹が空いたんでしょうね。

残り僅かの餌を亀の真上に落とした。
けどその亀はその餌を見ようともしないで、ただわたしたちに向かって首を伸ばし、両足をばたばたする。

場所を少し移動した。
するとその亀も追っかけるように、こっちに来ようとする。が、その前に流木のようなものがあって、亀は頭をさきに水に突っ込んだら、甲羅が挟まれた形でなかなか一緒にもぐらない。今度は後ろの足を上に向けてばたばたさせて…。
なんなんだろうこの亀と思った時、亀はうまく全身を水に入れ、こっちに向かって泳いできた。

餌もなくなったから。ふみのために持ってきたサプレを、ふみの同意を得て、少しずつ落すと、鯉たちはパシャパシャと水を叩きながらそれを奪い合ってた。

その亀が泳いできた。な、なんと、周りの鯉に噛みつこうと…!!
初めて見る光景だった。
鯉は本能的にそれを避けた。
亀はまたさっきのようにわたしたちに向かって上がろうとするように、首を上へ伸ばして、前足を空振りさせる。


「なにを言いたいの?どうしたの?」とあまりにも不思議なので、つい声だして問うてみた。
今まで見た亀は、結構人間を避けてるようだし、餌をほしい時は来るにしても、すぐ逃げていくのが私たちの知ってる“亀”なんだけどね。


「ふみ、この亀さんどうしたんだろうね。あっ、ふみを乗せて竜宮城へ連れて行ってあげたいんじゃない?」
(ふみは浦島太郎の物語が大好きで、♪竜宮城へ来て見れば、絵にも描けない美ししゃ〜とよく歌うのである)
「イヤだよ、行かないっ」とふみはあっさりと。

「あ、わかった。ふみちゃんに、僕を連れて帰ってよ、って言ってるんじゃないの?どうするふみ?」
するとふみは、その亀に向かって、
「あ、な、た、は、川にいなさいっ!」と言った。

思わん言葉に、びっくりした。
へぇ〜予想付かなかったね。なにしろ“亀しゃん”が大好きなふみがだよ。どうしちゃったのかしらね。

前世はどんなご関係なんでしょう。
ふみのことを裏切って、罰当たってこの世では人間ではなく、亀になって、ふみをずっと待ってた。ようやくふみが現れ、慌ててお許しを求め、そうしたら生まれ変わって人間になれる… かな。

と想像しているうちに、ふみは何にもなかったように、田圃を覗いてる。


亀がちょっとかわいそうになってきた。
亀さんもうあやまってるんじゃないか、もう許してあげたらどうです、ふみ?


まあ、亀はんも亀はんよ、そりゃまだ人間やないけどな、でもな、亀は人間よりずっとええなと思う人間かて、おるどすえ〜


「はい、ママにおみやげ!」とふみは、このちいちゃいお花を渡してくれた。




こちらはシャガ畑。


シャガは好きな花。



この画面は、小さい時よく読んだ「唐詩三百首」という本の挿絵の一枚にそっくり。



こんな固くなった土の道も、小さい時はよく歩いたわ〜

滑ったりするもんね。


今度は睡蓮の池。絵になるわ。



道をちょっと迷ってしまった。苦手な地図を研究したり、人に尋ねたり、この小さい山を越え、あ〜よかった。入口の近くなんだ。

「山窮水尽疑無路、柳暗花明又一村」だね。


緑・緑・緑


さようなら。




今日もらったパンフレットで初めて知った。後楽園の名は、中国の范仲淹の「岳陽楼記」の中の、
「天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から名付けられたことを。