エンマ

朝から快晴、もちろんそれなりに暑い。



今日は音楽教室があるから、暑くても出かけないと。
ふみもわたしも、日焼け止めと虫よけをしっかりと塗ります。

毎朝ふみに虫よけを塗っているけど、それでも時々ふみは何かに刺される。
蚊の痕もあれば、たまにブヨか何かに噛まれたような痕で、結構大きく腫れ、おまけに穴がまだ開いてる。


「なんでふみはいつも刺されるのかな」とふみに聞くと、
「ふみちゃん、おいしいんじゃない?」とふみが。


そうでしょうね、ママすら時々噛みたくなるほどだから。



音楽教室では最近、ふみなかなか声を出して歌を歌おうとしない。いかにもつまらなさそうな顔をして、こっそりとエレクトーンの鍵盤を叩こうとしたりする。

けど、そこの歌の歌詞のところを先生が、「ら・し・ど」や、「ふぁ・み・れ・ど」などを直して歌うと、ふみはとても興味を示し、大声で歌うのだ。



音楽教室が終わってから、駅ビルで、久し振りにFさんと会うことになった。
Fさんは老人ホームで働いてるパワフルな方。10年以上の付き合いで、この頃お互い忙しく、メールのやり取りはしているけど、会うことはめったにない。



ふみは去年のハイキングでFさんと一緒になって、動物のビスケットをもらったりで、Fさんと親しくなった。
実際もっと小さい時もFさんと一緒にお食事したりしてたけど、覚えてないでしょうね。小さ過ぎて。



Fさんは今日夜勤明け、つまり夕べから今日の正午頃まで働き続けたとのこと。
人手が足りないからとFさんは言う。不況だから経営者は多めに人を雇わないようにしてるみたい。

Fさん、たいへんだね、いつも、本当にそう思う。
Fさんは、わたしが知ってる中で一番の頑張り屋さんじゃないかしら。
敬服するばかり。


Fさんとふみとわたしの昼食は、スープ屋さんにした。
Fさんはまずお手洗いに行き、朝から歯もまだ磨いていないんだ。


戻ってきたFさんは、疲れを見せず、楽しそうにふみとおしゃべり。

Fさんは、大の子供好き、上手だし、すぐ子供に好かれるタイプ。

ふみは、ママの食べてるスープは辛いから野菜が入ってるから食べないよぉ〜とかニコニコしてFさんと話して、自ら椅子から降りて、Fさんの隣に行った。



「あら、どうして野菜を食べないの?ダメじゃない、ふみちゃん、野菜を食べないとね、こんな顔になるぞぉ」と言って、Fさんは、お寺でよく見かける金剛像のような顔をしてふみに見せる。


わたしは笑いたい気持ちを抑え、「そうよそうよ」と加勢する。


ふみは「いやだ」と呟く。


「イヤでしょう?いやよね。だから野菜を食べないと。わかった?」とFさんが。
「野菜はいやだ、食べない」とふみはまた呟く。


「食べない?わかったわかった。今度あたしエンマのところに行って話してやるわ、野菜食べない子がいるよと」と言って、Fさんはエンマとの言葉と同時に、さらに怖い顔真似をする。
閻魔殿などの閻魔像を彷彿する表情になってる。


我慢できずわたしは爆笑した。笑いながら、(閻魔は違うんじゃないかな、閻魔レベルの神は、あれっ?神かしら、まあいいけど。とにかくある程度の位の存在というのは確かなんだ。小さい子の野菜食べる食べない問題は…)と思って、
とその時、ふみはFさんの顔を見つめて、声を出して泣いた。涙もぼろぼろ。



あははは、わたしはさらに笑う。
ふみは涙が止まらない。



Fさんは、閻魔の顔からやさしい笑顔に戻り、
「どうしたどうした?怖かった?こわいよねエンマは、だから野菜を食べればいいんじゃない、ね?野菜食べるよね?」とふみに手を差し伸ばした。


「いやだ、野菜食べない」と、ふみをしくしくしながら、Fさんの手を避けるように、テーブルの下でしゃがんだ。



ありゃりゃ、ふみにとって、野菜は“閻魔”よりもっとこわいというのかね。



Fさんの笑顔の説得により、ふみやっとFさんと握手し、仲直りした。



テーブルの下から出てきたふみは、まもなくまたFさんと親しくなって、Fさんのホッペにチューしたりした。




Fさんを見送りしてからふみの一言は、
「Fさん、しあわせそうだね」と。

返す言葉なく、ちょっとびっくりした。
ふみ、なにを思ったんだろうね。おもしろい。




夜、ベランダで、夜空にヘリが6、7台飛んでるのが見えた。
音があまり聞こえないから、遠いところかな。
テレビをつけて見たら、隅田川花火大会の中継をやってた。
なるほど、あのヘリたちはそのためなんだ。

花火ね〜
もう夏本番ということですね。
なんだか今は「もう真夏だ」との実感がまだ湧いてきませんね。